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「マックス、ジャスミン荘の方が来てくれたわよ」
「はあ?頼んでねえよ!帰れ!」
「あんた何てこと言うの!あんたの訳解んないことを信じて、見張り様に狼だって貸してくれてるのよ」
「うるせえ!クソババア!頼んでねえよ!僕の部屋に誰も近づかせるな」
「クソババア!?実の姉になんてこというのよ!」
「ババアはババアだ。クソババア!」
「はあ?勝手なこと言うんじゃないわよ!やっと店を継ぐ気になったと思ったらこんな騒ぎ起こして!父さんも母さんも店のみんなも困ってるのよ!」
「落ち着いてください、ミリさん。貴方まで感情的になっては、説得は出来ませんよ」
「普通の説得なんてとっくに諦めてるわ!依頼したときに言ったでしょう。どんな手を使ってもいいから、弟を引っ張り出してって!」
「それは分かっていますが、そうだとしても・・・」
「だいたいね。やり手だったひいお祖父様そっくりなんて、呼ばれていい気になってんじゃないわよ!あんたなんかまだまだ下っ端なのよ。それにね、ひいお祖父様と似てるのは見た目だけよ。肝心の才能も、性格も全然違うのよ!」
「そうだね。ひどいね。しんじられない」シオンが突然場違いな呑気な言葉をこぼすとミリは我が意を得たりとばかり顔を輝かせたが、何故かシオンの表情は冷たく翠玲葉は嫌な予感がした。そして少し視線を彷徨わせると、そっと右手の銀のバングルを口に近づけた。
「パパはいいけどママはこまらせちゃダメだよ。ゼッタイダメ。だから『マックス、すぐママに謝って』」シオンの紫褐色の瞳が渦巻く様に深まると、海底から響くような耳障りで不快な声が発せられた。
「・・・ご・め・ん・な・さ・い。マ・マ。・・・・・え?なんだ?今の!?おい、なんだ!?何した!!」
「ホントにしょうがないね『マックス、開けて』
シオンの『言う』通りガチャリと鍵が回るのを見て、翠玲葉はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。しかしそれまで呆気に取られていたミリは歓喜の声を上げ、シオンは満足そうに満面の笑みで大きく胸を張った。
「ボクたちすごいでしょう!ね、ね!」
「朱牙さん、翠玲葉です」
『こちら朱牙。トラブルか』
「あ、いや・・・こちらは成功です。それよりもそちらはどうですか」
『繰り返し報告。硬直状態。本日も異常無し。客全員の確認不可能。また特殊能力種族なら物理的痕跡は残らない。安全とは言えない。これ以上判別不可。それと例の藤。長期間人形種族が近づいた痕跡無し。違う花の匂いのみ。噂通り』
「藤・・・・・?」
『忘れてたな』声は相変わらず平坦で淡白だった。しかし正面から冷めた赤い目に見下されているように感じ一瞬固まったが、すぐにごまかすように声を上げた。
「思い出しました。4代前の店長が植えたという、あの曰く付きの藤のことなら。噂通り何か不思議な気配を感じたのですが、何もありませんでしたか」
『・・・。そっちに行く』
「シオンさんと二人だと不安だったので私は助かりますが、この状態で離れて大丈夫なのですか」
『・・・5分ぐらいで行く。先に始めてろ。連絡終了』
「レーハちゃんなにしてるの?ドアあいたよ。はやくいこう!」シオンによって開かれた扉の先は先程の騒ぎが嘘のように静まり返り、目的の彼は暗い部屋の隅にクッションに顔をうずめ小さく震えていた。本来なら日当たりの良いはずのその部屋はしっかりとカーテンに閉じられ、その少し異様な状態に翠玲葉は眉を潜めミリもぎょっとして固まっていた。しかしシオンだけは一切気することなくずんずんと彼に近づいていった。
「キミがマックス?ボクはシオン。この子はレーハちゃん。よろしくね」
「・・・・!お前ら誰だ!なんでここいいる!?」
「あのねマックス、ボクたちキミにききたいことがあるんだ」
「俺の訊いたことに答えろ!」
「キミをずっとみてる女の子ってだれなの?『マックス、教えて』」
「・・・・・・白・い・花・の・髪・の・女」
「なにそれ?『マックス、もっと詳しく教えて』」
「あ・い・つ・人・間・じゃ・な・い」
「うーん。そうじゃないんだよね。・・・『マックス、他のことを教えて』」
「・・・・・一・週・間・姿・見・て・な・い。で・も。あ・い・つ・の・声。今・も・聞・こ・え・る」
「・・・あのね、マックス。女の子のこえなんて、ゼンゼンきこえないよ?」
「・・・・・嘘・だ。聞・こ・え・る。は・っき・り・聞・こ・え・る。助・け・て」




