魔女の最高傑作 9
「こちらがシュガ君、こちらがレーハさんの物です」朱牙は怪訝そうな眼差しを向けながらさっさと嵌めてしまったが、翠玲葉はすぐには嵌めず暫しそれに目を奪われていた。そしてゆっくりと手に取ると光にかざしながらそれを丹念に眺めていた。ハングルは全体的に華奢な造りで三編みの様な編み込み模様の銀のリング部分に、大きな透き通る翠の石が嵌め込まれていた。
「実はハングル部分は、カルコスさんの工房にデザインと制作をお願いしたんです。貴方のイメージに合わせて」喜んでもらえると思って告げたにも関わらず、翠玲葉は何故か不可解そうな表情を浮かべて黙りこんでしまった。
「シュ、シュガ君は?機能面は今までより向上して、流暢な翻訳ができるようになってるはずですよ」そう助けを求めるように視線を彷徨わせると、赤い瞳も怪訝そうに細められたままだった。
「意外と早かったな」
「実は・・・魔力を込める作業も修理も、対して時間はかからないに難しくはないんです。ただ見習いの状態では僕の名前は使えませんし、師匠の名前を勝手に使うわけにもいかなくて断るしかなかったんです」その回答に朱牙は一瞬腑に落ちないような表情を浮かべたが、すぐに諦めたかのようにため息を付いて真顔に戻ってしまった。
「それで・・・。あの今後のことなんですが、マダムはどうしたんですか?」そう彼は不安げに部屋を見渡すと目線を落とした。
「今は手が離せない。後日改めて話してくれ」
「あ、わかりました。それじゃ、今日のところは失礼します。レーハさん、本当にありがとうございました。お陰で一人でやっていく覚悟が出来ました」そうすべてが吹っ切れた様な晴々とした表情で力強く言い切ったが、翠玲葉の表情は曇ったまま住民証を凝視していた。
「あ、あの・・・。何か問題ありましたか?もし何かあれば作り直しますよ」
「・・・え?いや、大丈夫です。とても満足しています。ただ・・・いや、なんでもありません。そんなことよりも、貴方の師匠のことはこれからどうするのですか」露骨な話題のそらし方に朱牙には眉をひそめられたが、青年はそれどころではなく一瞬息を呑み少し顔を伏せた。
「術を解くことすぐにできます。でも魔力を逃がす術を完成されるまでは、この状態を保つしかありません」その回答に翠玲葉が心を痛めていると、彼は落ち着いた様子でペリドットを思わせるオリーブ色の瞳で真っ直ぐに二人を見つめて言葉を続けた。
「でも、暗い顔しないでください。あと少しなんです。あと少しで完成するので、きっと大丈夫です。術が完成したら、そのときは必ず知らせます。レーハさんのこと、絶対に紹介します」
「あ、はい・・・」
「それじゃあ、マダムによろしくお願いします」そういうと彼は手に持っていた羅針盤を回し、オリーブ色の光に包まれて消えていった。朱牙はそんな彼を呆れたような感心するような表情で見送ると小さく息を吐き、今度は横に立つ翠玲葉に疑念のこもった視線を向けた。
「それ、気に入らないのか?」
「・・・貴方にも、私はこう見えているのですか」
「は?」気の抜けた声と共に訝しむ視線を向けられ、翠玲葉は我に返り言い訳のように言葉を続けた。
「私はこの魔法具の様に繊細で美しいわけではなく、本当はもっと・・・」
「俺が知るか。文句があるならあいつに言え」そう一方的に告げて会話を終わらせると急に立ち上がり、翠玲葉は思わず腕を掴んで引き止めた。
「何処に行くのですか」
「部屋に戻る。報告書を書く。お前もそうしろ。・・・こだわってたら、これからやってけない」すると翠玲葉が掴んでいたはずの腕がするりと抜け、乱暴に扉が閉じる音が響くだけだった。そして一人部屋に残された翠玲葉は静かにハングルに写る自身を見つめた。
「『これから』か・・・」そしてバングルを左腕に嵌めると、翠玲葉もしっかりと顔を上げそっと扉を開いた。




