魔女の最高傑作 7
「あ、きた!おーい、こっちだよ。こっち!」
「うるさい!一々言わんでも知っとるわ、この悪ガキ!」そうシオンにきつく一喝したのは堂々と朱牙にまたがる、長い髭と深い目元のシワが特徴的ないかにも頑固親父と言った風貌の老人だった。背丈は翠玲葉の胸程の高さながらその釣り上がったブロンズの瞳は厳しく、朱牙とはまた違う威圧感があった。彼はまだ気持ちが収まらないようで苛立った様子だったが、それまで不愉快そうに唸っていた朱牙が突然体を振い強制的に黙った。
「急に動くな!危ないじゃろうが!」カルコスは当然抗議したが朱牙も苛立ったように牙を鈍く光らせ、両者の間に暫し緊張が走った。
「お主はもっと行動ではなく言葉で語れ。いつもそれで全て伝わると思うな」そう少し不貞腐れながら朱牙から降りると、今度はポカンと様子を見ていた翠玲葉に狙いを定めるように見つめた。
「お主がレーハか・・・ハーフエルフと聞いてどんな奴かと思おたが、魔女と違って普通の娘じゃな」翠玲葉がその言葉に複雑な表情のまま何も返せずにいると、何故か青年は急に頭を下げた。
「その節は、本当に申し訳ございませんでした」
「本当じゃ!いつもこちら都合を考えす無理難題をふっかけて、それで何人弟子がやめたか分からん。今思い出しても腹が立つ!」
「カルコスやめろ。直接話したいって言うから連れて来た。余計なこと言うな」再びカルコスの暴言が始まりかけるといつの間にか人間の姿になっていた朱牙が声を張り上げ、カルコスは思い切り不機嫌そうに表情を歪めた。
「分かっとる!ちょっとカッとなっただけじゃろうが!黙って聞け」その少し不貞腐れたような言葉に朱牙がやれやれと言った様子で息を吐き、どちらがどちらを諌めているのか分からない状況でようやくカルコスは話し出した。
「300年程前、破落戸共が魔法具を狙いここを襲った。しかし大人は魔女の力に震えてさっさと逃げ、子供だけが置き去りにされた。子供はいつまでも居座り続け、何でもするという条件で置いた」
「え!それじゃ僕って・・・」
「途中で口を挟むな!安心せい、お主は売られた子供じゃ。あの頃はそういう子供は珍しくなかった」急展開に翠玲葉は信じられずと困惑して隣を見ると、青年は雷に打たれたように固まりシオンは素直に驚き、朱牙は何か腑に落ちない表情でカルコスを見つめていた。
「言いたいことは分かっとる。最後にここに来たとき本人に頼まれたんじゃよ。聞き流してやっても良かったんじゃが、魔女が他人の心配など初めてじゃったからな」
「嘘だ!だって師匠は僕のこと、今は普通でつまらなくなったって言ってたんだ!」
「本当に愛想が尽きたならさっさと追い出しとる。熱しやすく冷めやすいからな」
「それは・・・」
「良いか、本題に戻すぞ!」そう言ってカルコスは一度言葉を切ると、まだショックが消えていない青年に厳しい表情で言い放った。
「お主の記憶が消えたのは最高傑作のせいじゃ!・・・・なんじゃお主ら、反応が薄いぞ」
「だって、急すぎて・・・。どういうことですか?」
「お主には魔女に弟子入りするまでの記憶がない。思い出そうとしても思い出せない。そうじゃろう?」
「・・・は、はい。思い出そうとすると分厚いガラス越しに景色を見てるみたいで・・・でもそれが、どう関係するんですか?」
「核心は隠されたがお主は最高傑作の制作に協力し、そこで何か不測の事態が起き記憶が消えた。よってこのままでは永遠に思い出せん!」
「そんな!それじゃあボクたち、これからどうしたらいいの?」
「それが分かれば誰も困らん!少しは自分で考えろ!」
「カルコスひどい!」
「二人共、もうそのぐらいで」
「レーハさん、僕を調べてください」その瞬間辺りが静まり返り、皆が彼を見つめて動きを止めた。
「何も思い出せない理由が魔術なら、解除できるのは貴方だけです」
彼は今までとはすっかり人が変わって強く落ち着いた眼差しと声に翠玲葉は驚き気圧されたが、首を立てにふることは出来なかった。
「僕も怖いです。でも師匠は僕にかけてくれてた。だから応えると決めたんです!それが僕の役目です」その言葉に翠玲葉は大きく目を見開き、脳裏に蘇った光景に意識もそこへと引きずられた。これはあのときと同じ・・・
「埒が明かない」その呆れた声にはっとして顔を上げると、そこに見えるのは赤い目に写る”現在”の自らだけだった。そうだ。自分が”今”存在するのはここだけなのだ。今は”あの時”の自分ではないのだ。
「・・・少しでも危ないと思ったらすぐに中止します」そして翠玲葉はそっと両目を閉じ、彼の頭に片手を置いた。そしてすぐに驚いて目を開いた。
「レーハちゃんどうしたの?シッパイしたの?」
「・・・どういうことだ。この者の魔力は、魔法具に付与された魔力と全く同じ。魔力の流れ方まで」
「そんな事あるか!あれに付与されてたのは魔女の魔力じゃ。魔力ちゅうもんは、似ることはあっても術者によって違うんじゃ。そのうえ流れ方まで同じなど、お主は此奴がまほ」その瞬間青年は目を見開いたまま、突然力が抜けたように音もなくその場に倒れた。
「呼吸、心音、脈、異常なし。だが・・・」いち早く避けよった朱牙の怪しむ視線の先にあったのは、微かに緑がかった灰色ではなペリドットく澄んだオリーブ色に輝く青年の瞳だった。




