始まり 2
「分からなければ良いのです。ありがとうございました」きょとんとしているカーラにそう言い切ると、翠玲葉は体をくるりと向け出口に向かった。しかしカーラが引き止めた。
「それだけじゃ分かるわけないでしょう!もっと特徴を教えて」
「おそらく歳は・・・私より少し上で10代後半。身長も私よりも10cm程高かったと思います」
「・・・。他にはないの?その子の特徴」カーラは額に手を当てながら呆れたような困ったような口調で問いかけると、大きく息を吐いた。
「フードを目深に被っていたので、はっきりと顔を見た訳ではないのです。それに私が話しかけるとすぐさま振り返り、しばらく私を見つめると何故このようなときにと小さく吐き捨てました。そして今は取り込み中でこれ以上私には付き合えない、困っているのならばここから道ををまっすぐに進みすぐに見えてくる白い建造物に入れ、と一方的に告げられました。私が詳しく聞こうとするとしたときには、もう走り出したかと思うといつの間にか人混みに消えていました」
「・・・あなたの話、よーくはわかったわ。でもそれも特徴じゃない!」強い口調で言い切るともう一度翠玲葉に詰め寄った。
「ねえ、本当に他にはないの?髪とか目とか。本当に何でもいいのよ」その剣幕に圧倒されたのか翠玲葉は一瞬固まり、そのときのことを思い出そうと考え込んだ。
「髪は・・・黒、もしくはそれに近い暗色。他には・・・そう言えばフードと長い前髪の隙間から、一瞬だけ赤く鋭い瞳が見えた気がしました」
「赤く鋭い瞳、黒い髪、ね・・・」困ったように呟くとじっと天井を見つめた。この街では様々な髪や瞳、肌の色をした者達がいる。その中では黒髪もよく見かけるありふれた髪色、赤い瞳も多くはないが珍しくない。ある条件を除けば。
「その子、人間よね?」
「・・・そう、見えました」翠玲葉がなんとも言えない表情で答えた直後、カーラは意味のない問いだったと後悔した。この街の住民の大多数は人間であるが実は街の周囲には人外と呼ばれるような種族達が生活しており、行き来は原則自由になっている。そのため街中では時折珍しい色彩を見かけるのだが、中には人間と変わらない姿をした種族や姿を自由に変えられる種族もおり見た目だけではわからない。現にカーラにも一般的には人間からは好ましくないとされる種族の知人がおり、彼も姿だけなら人間となんら変わらない。一目で種族を判断できるシステムを導入するべきだという意見も出ているのだが、現在差別に繋がるとして街の上層部は断固拒否の姿勢を取っている。しかしそれは偉大なる先人の顔を立てているだけに過ぎず、それがいつまで保つのかは正直怪しいところである。実はカーラも身を守るためにはそれが良いと考えている人間であり、みな表にはださないだけで大なり小なり同じである。
「もし、人間じゃなければ・・・」カーラは無意識にそう呟くと翠玲葉は怪訝そうな眼差しを向けたが、それを無視して更に考え込んだ。赤い瞳と黒い紙の組み合わせは、人間に限らなければこの街ではさほど珍しくない配色である。しかしなにか特別な配色だった気がした。見ると安心するのにあまり見たくない様な、そんな配色。もう少しで思い出せる。もうひと押し、何か・・・
「悪い方ではなさそうでしたが何処か殺気立って、それが少し気になりお聞きしました。見覚えがないのならもう良いのです」カーラが翠玲葉にさらなる情報を求めようとした瞬間、それより早く彼女の静かな声が響き渡った。
「手間をお掛けし、申し訳ございませんでした」
「・・・・そうね。こっちこそごめんなさい。力になれなくて」すっかり思考をぶった切られたカーラは曖昧に頷くしか出来なかった。そして丁寧に頭を下げ去って行く翠玲葉をあっけに取られたまま見送った。
「なんだか変わった子、いや本当は『子』じゃないのよね・・・・・。あ、ようこそ・・・・。よく来てくれたわね、シオン!久しぶりね!嬉しいわ!」完全に姿が見えなくなってからカーラはしばらくぼんやりしていたが、再び扉が開くと今度は歓喜の声を彼を上げ熱に浮かされた様子で迎え入れたのだった。




