魔女の最高傑作 3
「ごめんください」大きな声と呼び鈴の音に体を震わせると、背負っていた荷物を床に落とした。そして恐る恐る扉に近づきのぞき窓から外を確認すると、そこにはいたのがエメラルドグリーンの瞳をした見慣れない少女だった。その瞳に思わず目をそらし一瞬居留守を装うかと思ったが、少女は必死そうに何度も呼び鈴を鳴らし続けていた。そしてやめる気配は一向になく、やはりこの色からは逃げられないのだと観念して扉の前に立った。
「すみません。今は仕事の依頼は受けてないです。だから・・・とても申し訳無いんですが、お引取りいただけませんか?」
「・・・実は、道に迷ったんです。街に向かっていたのですが、乗っていた馬も動かなくなり困っていたらこちらを見つけました」
「あ、そうでしたか。すいません。えっと、ここから街なら・・・・」
「あ、いや。その・・・言葉だと忘れてしまうので、地図を書いてくれませんか」
「え?・・・・まあ、いいですよ。ちょっと待ってください」
「あ、あの。・・・・簡単な物で良いですよ」その声が少し震えているのが気になったがこんな人気のない場所に迷い込み不安なだけだ、と彼は判断してペンを走らせた。
そしてそれは、書き上げた地図を渡すためにそっとドアノブを回した瞬間だった。わずかに開いた扉の隙間から突如黒い影が入り込んだ。そしてそれが差し込まれた人の指だと気づいたときには、口を塞がれて壁に押し付けられ赤い目に鋭く睨まれていた。
「・・・・・。棚の上、確保!」
「これが移動効果を持つ魔法具ですか」近くの棚に置かれていた古い羅針盤を指差しながら尋ねると、少し遅れて彼はうなずいた。
「間違いない。一度行ったことがある場所なら一瞬で移動出来る。これで逃げられたら追跡できない」はっきりとした口調で言い切ったが、その視線が向けられていたのは翠玲葉でも魔法具でもなかった。不審げに思いながらも彼の視線を追うと、そこにあったのは部屋に合わない色鮮やかな抽象画と側に放置されたまだ手つかずの大量の酒瓶だった。しかしそれを確認する前に抵抗する青年の声を聞き、翠玲葉は彼に向かって深々と頭を下げた。
「手荒なことをして本当に申し訳ございません。私は翠玲葉、先日ジャスミン荘に入居した者です」翠玲葉がそういうと彼は少し驚いたように目を開き、そしてすぐに観念したように眉を下げた。
「何があった。話せ」拘束を解いた朱牙が厳しく詰めたが彼はただ視線をさまよわせるばかりで、翠玲葉もどうしたものかとため息をついた。改めて青年を観察してみると細身でやや小柄、外見だけなら二十歳前半。この地域でよく見る平凡な顔立ちで後ろで一つに束ねている髪も有り触れた焦げ茶色だったが、不安げな緑がかった薄い灰色の瞳だけは何故か気になった。
「貴方はどういう経緯で、弟子になったのですか」そう静かに尋ねると彼はキョトンとし翠玲葉を見つめ、朱牙は二人の様子を伺うようにすっと目を細めた。
この世界では魔術を使える者全てを術師と呼び、その術師達は大まかな順位付けがある。他の術師に師事し修行中の者を見習い術師、師匠から一人前と認められ名前を授かると魔導師となり、魔導師の中でも別格の力を持つ者は魔術師と呼ばれる。しかし魔術師となる明確な基準は無く、実際にそう呼ばれる魔導師はめったに居ない。
また魔力を持つ人間も数千年に一人生まれるか生まれないかという、これまた稀有な存在である。それらが重なることを信じられずにいたのである。答えてくれるとは思わなかったが、他に言うことも無かったので尋ねてみたのだった。
「・・・・・さあ、何故でしょうね。今は、誰にも分かりません。このままだと永遠に」そうさみしげにつぶやくと彼は遠くを見つめ、その様子に朱牙は不可解そうに表情を歪め翠玲葉も首を捻った。
「・・・・・もしかして、貴方の師匠は」




