黒い本 10
「今は何を言っても無駄じゃよ。この姿ではシュガは喋れんからの聞いとらんのか?」クルトの少し呆れたような言葉に翠玲葉が小さく首をかしげると、少し腕が引っ張られならがビリビリという音とともに縄が切られた。自由になった手首をさすりながら振り返ると、何かを訴えるように赤い瞳がじっと見つめられた。
「ど、どうなってる!」
「なんなんだよ!な、なんで!」
「てめえら、俺らに何をしたんだ!」
「・・・やはり男相手で魔法具越しでは、シオンの『声』の長くは持たんようじゃのう」そうクルトが困ったように呟く服の汚れを払いながらと、シュガも小さく頷き咥えていた腕輪を置いた。
「お嬢さん、攻撃の術は使えるのかい?」
「え?えっと・・・。目くらましぐらいなら」
「そうかい。じゃったらわしと一緒に逃げておくれ。シュガの邪魔になってしまうからのう」そうクルトがそっと言うと急に翠玲葉の手を引き、朱牙がすっと二人の前に躍り出て少年たちを鋭く見定めた。
「く、来るんじゃねえ!!!」
「お、落ち着け!これは、ただのオオカミ。いやでかい犬だよ!人間に勝てるわけねえよ!」
「そ、そうだよ。俺たち、10人もいるんだぞ!」
「そ、それに!!小娘とジジイだ!負けるわけがない!!!!」
「身体さえ動けば俺らの勝ちだ!!!・・・って、あれ!?動け」しかし彼がそれ以上何もいうことはなかった。気がつくと彼の目の前には鋭く光る赤い目があり、それに驚きの声を上げる間もなく身体はあっけなく倒れ目の前が完全に真っ暗になった。
倒れた少年の上から朱牙が馬鹿にするような視線を残りの少年たちに向けると、彼らはそれにあっさり乗ってしまった。思い思いの言葉を叫びながら取り囲むように一斉に飛びかかったが、朱牙は顔色を枯れることもなく軽くその間をすり抜けていった。それにより逆に彼らは積み重なって倒れ、すぐに立ち上がった物も朱牙を捕まえようとしてはかわされ結局次々に倒れていった。
「相手になっていない」
「素人がいくら束になっても、シュガにはかなわんよ」
「よくもさんざんこけにしてくれたな!!!」少し離れたところから様子を伺っていた男が、とうとう顔を赤くして思い切り怒号を上げた。しかし朱牙は不愉快そうに表情を歪めるだけで、ますます男は顔を赤くしてこれでも見ろと大げさに右手を懐に突っ込み刀身を光らせた。
「このイヌッコロが!」
「危な・・・!」
それはあっという間のことだった。刃が到達する寸前、朱牙は深緑のコートをはためかせ軽々と男を飛び越えた。驚愕の表情の男が振り返るより早く再び深緑のコートをはためかせると、男の頚椎めがけて勢いよく飛びかかった。そしてうめき声を漏らしながら倒れる男の上に着地すると、最後に地面に落ちたアイフをクルトの方に勢いよく蹴り飛ばした。
「離せ!離しやがれ!」
「いい加減に観念せい。静かにしたほうがお前さんのためじゃぞ」クルトはナイフをゆっくりと拾い上げると聞き分けの悪い子供を諭すように話しかけたが男が黙ることはなく、クルトが困ったように朱牙にアイコンタクトを送ると朱牙も黙ってうなずいた。そして右足で首の辺り踏みつけると男はまたうっとうめき声を漏らし、動きを止め静かになった。
「安心しなざい。気絶させただけじゃよ。シュガは食事以外での殺生はせんよ」朱牙が少し間をおいてからうなずいたのを見て、翠玲葉はようやくほっと息を吐いた。
「とわいえ、とりあえず縛っておくか。このものはベルトをつかうとして、他の者達は・・・」
その瞬間背後でごとりと音がなり、まだもう一人残っていたことを思い出した。そして翠玲葉はゆっくり振り返ると、相手をこれ以上刺激しないようにそっと問いかけた。
「貴方が、彼らに黒魔術書の取引を持ちかけたのですか」しかし青年は震えながら項垂れるばかりで、何も答えず目線すら合わせようとしなかった。
「そもそも、どうやって黒魔術書を手に入れたのですか?
「なんで・・・。なんでだよ!!!」翠玲葉が近づこうとした瞬間、突然絶叫しながら急に立ち上がった。そしてやけを起こしたように抱えていた本を乱暴にばら撒き、その一つの上に手を置いた。




