黒い本 9
「残りの黒魔術書は、お前さんが保管してるのかい?」そう悪さをした子供を諭すように優しく問いかけると、目の前の青年が息を飲むのが聞こえた。
「クルトさん」翠玲葉は慌てて彼の肘を小突くと鋭い目線で咎めたが、彼は一切構わず構わず目の前を見上げて話し続けた。
「どうしてこんな事をしたんだい?誰しも追い詰められれば良からぬことを考えるが、黒魔術書なんてそうそう思いつかんよ」話しかけられた本人は固まってしまった。しかしその代わりに隣に立ついかにも不良らし少年が一人、いかつく見える顔で詰め寄ってきた。
「おいジジイ!あんた、自分が何処にいるのか分かってんのか?」
「おや、教えてくれるのかい?何処か古い倉庫のようだけど、この街には案外こういう場所が多いんだよねえ。だから見当がつかなくて、これでも途方にくれているんだよ」
「てめえ、いい加減にしろ!これ以上俺たちブラックダーク団に無駄口叩くなら、口も縛り付けてやるぞ!」翠玲葉の静止虚しくクルトが何処か楽しげに話し続けると案の定男は激昂し声を荒げると、クルトのガッと胸ぐらを掴み上げた。
「お前!彼を降ろせ!」
「はあ?なんだ。てめえも痛い目遭いたいのか?」そう言って詰め寄ってきた顔はただ悪ぶっているだけで全く怖くなかったが、この状況では翠玲葉はぐっと黙り込み睨みつけるしかなかった。
「なあ、爺さん」すると突然、それまで部屋の中心で黙って成り行きを観察していた中年の大男が立ち上がった。彼は他の男たちの戸惑いの視線を無視してつかつかとクルト達に近づくと、だるそうに青年の手元にある黒魔術書を指差した。
「これ。相場っていくらだ?」
「・・・とりあえず、降ろしてくれるかのう?こんな状態じゃ、落ち着いて答えられないからねえ」
「てめえ!!!」
「降ろしてやれ」
「で、でも!!!!」
「俺の命令が聞けないのか!!!!」
「・・・・・はい」すると少年はいかにも渋々といった表情でそのまま手を離し、クルトはそのままどざりと地面に落ちた。
「大丈夫か!怪我は?」
「大丈夫。これぐらいなんとも無い。ドワーフは丈夫だからのう」
「・・・良かった。でももうこんなことはやめてください。今は抵抗しても余計な怪我するだけ、と言ったのは貴方ですよ」
「確かにのう。馬車に乗り込んできたときは、分からないことだらけだったからのう。じゃがなあ、今は違うじゃろう?」クルトの笑顔に多勢に無勢で圧倒的にこちらのほうが不利だというのに何故ここまで強気に出れるのか、と翠玲葉は困惑した。するとバンっと男が床を叩きつけた。
「爺さん、約束だ。降ろしてやったんだ。答えろよ」
「・・・ああ、そうじゃったな。相場は知らんよ」
「はあ!?ふざけんな、ジジイ!!
「いくら怒鳴られても知らん物は知らん。わしは、取締の担当ではないからのう」
「担当じゃなくてもよお、少しは聞いたことあるだろう?」
「・・・困ったのう。黒魔術なんて、そうそう欲しがる奴はおらんからなあ」
「どういう意味だ?」
「そりゃそうじゃろう。誰かを陥れたいなら、もっと確実で簡単な方法はいくらでもある。黒魔術書など、扱いづらくてしかたがない」すると男は満足げににやりと不気味に笑い大きく息を吸いこむと、不安な表情を浮かべる青年に詰め寄った。
「何が絶対損させねえだ。やり方次第で価値は何倍にもなるだ。全然欲しがってる奴がいないんだよ!!!」
「そ、そんなことは・・・」
「そのうえ、この状況はなんだ!!!!てめえに貸した金は回収できねえし、警備隊のクソ野郎にアジトの一つを嗅ぎつけらちまった!!!おまけにこんなジジイとガキどもまで連れてきやがって!!!!どういうつもりだ!!!!ああ!?」
「そ、そんな・・・。僕だって、連れてくるつもりじゃなくて。でも・・・」
「うるせえ!!こうなりゃ、てめえらも道連れだ!よぼよぼの爺さんと平凡な小娘でも、ドワーフとハーフエルフならそれなりに使えるだろう!!!・・・お前ら、災難だったな。だがなあ、恨むならこいつを恨めよ」そう激高してまくしたてながら翠玲葉達に再び詰め寄ってきた瞬間、彼の足元でカランと高く澄んだ金属音が鳴った。
「・・・なんだ?腕輪?」
『ブラックダーク団のみんな。動かないで』




