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黒い本 8

「調査の進捗を確かめに来た。クルトの許可は取ってる」

「魔術絡みのときは、いつものことだろう。やることがなくて、ここにくるのは」

「いや、そうじゃなくて・・・」リックが視線を彷徨わせながら口ごもっていると、少年は何かを察した様に表情を引き締めると右腕を持ち上げで腕輪を口元に近づけた。

「・・・分かった。すぐマダムに報告する」

「あ、いや!あの・・・待って!そうじゃなくて!」

「じゃあ、なんなんだよ。勿体つけずに言え」

「破棄作業、終わったみたいです。先程本を抱えてるクルトさん達と廊下ですれ違いました」

「・・・思ったより早いな」

「何浮かない顔してんだよ!早く終わったってことは、やっと腕の良い仲間が増えたってことだろう!良かったな!!」そういうとショーンは少年の肩を景気よく叩いたのだが、少年は痛みのせいか面倒くさかったのか余計に顔をしかめてしまった。

「いや。そ、それが・・・」

「リック、お前さっきから何なんだよ。いつにもまして煮えきらねえなあ。言いたいことがあるならはっきり言えよ。気持ちわりい」

「それが・・・・・。失敗、したみたいです」

「え?失敗ってなにが?」

「黒魔術書の破棄作業です!」

「なに!?それマジか!?」ショーンが驚いて詰め寄るとリックは自ら叱られているかのようにうなだれ、申し訳無さそうにうなずいた。

「は、はい。二人共、白い手袋をしていたので。おそらく、そうだと・・・」

「そうか・・・。まあでも、それならそれで仕方がないな。そういうときもあるよな。・・・だからお前も、そんな暗い顔すんなよ!」ショーンは比較的あっけらかんとした口調で言い切るとそっと隣の少年の肩に手を置いたが、彼は少し俯いて右手を顎に当てたままで動きがなかった。そして数秒遅れてからムッとした表情でその手を払った。

「おいおい、そんなに動揺するなよ。お前がそんなんじゃ、その子だって余計落ち込むだろうが。ここはお前はどっしり構えて、先輩らしく励ましと労いのことばをかけてやるもんだぜ。なあリック、お前もそう思うだろう?」

「え?えっと、そうですね・・・。でも彼女、全然落ち込んでるようには見えませんでしたよ。それにクルトさんも普段通りで、にこやかに笑ってました」

「お前、全然分かってねえなあ。それはな、強がりってやつだよ強がり。その子、初日で気合が入ってるからそう見せてるだけだよ。クルトの爺さんも、だめならだめですぐ割り切るタイプだからな。落ち込まねえんだよ」

「確かにクルトさんはそういう方ですけど、彼女は多分・・・・・。いやでも、会ったのは今日が初めてだしな・・・・・。先輩の言う通り、そういうことなんですかね?」

「そんなに気になるなら、通信機で訊いてみりゃいいだろう!」

「え。流石にそこまでのことでは、ないと思いますよ」

「だったらこの話は終わりだ!良いな、リック!」

「は、はい・・・」

「たく、ホントに面倒くせえ奴だな・・・。で、お前はどうすんだ?」

「俺も引き上げる」

「そうか。ま、お前もしっかりやれよ!あんまり気にするなよ」

 彼はその言葉に何も返さずに静かに部屋を後にすると、いかにも腑に落ちないといった表情で少し下を見ながら廊下を歩きだした。

「本当に、失敗したのか・・・」そうぽつりと呟いた直後、何故か彼は突然目を見開き立ち止まった。しかしすぐさま弾かれたように一気に駆け出した。

 その急変に何事かとざわつく職員達の声に表情を歪めながらも彼は人混みを駆け抜け、入り口の扉をバーンと乱暴に開いた。そしてその勢いのままに外に飛び出すと裏手まで走り抜けると、地面に長く伸びる二本の直線を見つけると悔しそうに顔を歪めた。

「・・・やっぱり無い」そう小さく呟くと彼は一切迷いのない様子で、それが当たり前のように地面に顔を近づけた。そしてすぐさま不可解そうに首を傾げ、暫し何かを考えるように線の先を見つめた。

「・・・・・どちらにしても、向こうの猶予はない」

 すると髪がふわりと逆立ち、姿が一瞬歪んだ。

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