始まり 1
「失礼します。私は、翠玲葉と言います」
「観光案内所へようこそ。私は職員のカーラ。あなたは、どこにいきたいのかしら?」
「行きたい場所、ですか・・・」
「もしかして、利用するのは初めて?」
「ええ。まあ・・・」どうにもはっきりしない少女の態度にカーラは首をかしげたがすぐにある可能性に行き当たり、ぱっと顔を明るくし身を乗り出した。
「わかったわ。あなた、文字が読めないのね1それでよくわからず入ってきちゃったんでしょう?あ、でも恥ずかしがらなくていいわよ。ここじゃ、よくあることだからね!」
「いえ、人間の文字は読めます」
「・・・え?あ、そうなの?」冷静な少女の言葉に、カーラは困惑を深めた。
「ここには初めて来たのですが、どのような施設なのですか」
「・・・え?観光をメインにしてる街には、似たような名前の施設は大抵あるわよ」意味が分からないと言った様子で首をかしげるカーラに、今度は翠玲葉の方も首を傾げた。
「この街は以前は商業が盛んだったはずですが、最近は観光業が盛んなのですね」
「最近って・・・。観光が盛んになったのは、100年ぐらい前からって言われてるわよ」そういうとカーラは完全に黙り込み、何か怪しむような目線で翠玲葉をじっくり観察し始めた。
顔立ちは10代後半、17〜8歳ぐらいだろうか。瞳は大きく綺麗なエメラルドグリーンをしているが、飛び抜けた美形でも不細工でもない。髪も背中まで伸ばしたまっすぐな明るい栗毛で、痛みはなさそうだが前で二つに束ねただけというこの年頃の娘にしては地味である。背も標準的、ひと目で旅装だとしても分かるオーバーサイズの外套も色デザイン共に質素で古びている。これといっておかしなところはないはずなのに何かがおかしい、と思っていると不意に木の葉のように先が尖った耳に目が止まった。
「その耳、もしかしてあなた・・・!」
「・・・それは、今は関係ない」
翠玲葉はカーラの言葉を遮るように、ピシャリと静かに言い放ちまっすぐに見つめた。その瞳はそれまでただ大きいだけでどこかぼんやりして見えていたのに、エメラルドグリーンが一瞬深くなった気がして彼女はしゃべることをやめた。そして思わずその瞳をじっと見つめ返したが翠玲葉が瞬きした数秒後にはもう元に戻っており、彼女にはなんとも言えない不思議な感覚だけが残った。
「『案内所』について教えてもらえますか」
「・・・・・え!ええ、良いわよ」その静かな声にカーラはハッとし少し慌てたが、すぐにいつもどおりの慣れた口調で説明を始めた。
「案内所っていうのは、この街の名所とか施設のことを教える場所よ。道案内とか事前に連絡をとることもできるわ」その言葉を聞くと翠玲葉はなにかを考え込むように視線を下げた。
「ありがとうございます。よくわかりました」
「それで結局・・・あなたは、ここには何をしに来たの?」
「頼みたいことがあります」
「さっきから、そんなにかしこまらなくて良いのよ。なにかしら?」
「手紙を出したいのです」
「手紙?」思ってもいない言葉にカーラは食い気味で声を上げたが、不審げ翠玲葉の視線に気づき慌てて手を動かした。そして一枚の地図を引き出しから取り出した。
「ここじゃ手紙だせないのよ。手紙を出すには流通局に行かないと。ちょっと待ってね・・・・・これが、そこまでの地図よ」広げたじっと地図を見つめる翠玲葉をカーラが少し心配しながら話しかけると、彼女はすっと顔を上げた。
「距離はあるけど一本道だから、多分迷うことはないと思うわよ」
「もう一つ、訊いても良いですか」やっと終わったとカーラが思った瞬間少女は不意にそう告げた。
「え!ええ。何かしら」
「深緑のフードを被った青年、否少年に心当たりはありませんか」