黒い本 5
「手を離してください」その言葉に彼は一瞬固まった後そっと手を離すと、気まずそうに顔をそらした。その様子を何処か微笑ましく感じた翠玲葉が思わず失笑していると、彼は一瞬だけ視線を寄越した後不機嫌そうに表情を歪めてしまった。
「その様な顔をしないでください。先ほどはありがとうございました」
「時間がもったいなかっただけだ」相変わらずそっけなく答える彼に、褒めたのにどうしてすねてしまうのだろうかと肩をすくめた。彼の性格によるものかもしくはこの年代独特のものかはわからないが、シオンとは違う意味で付き合いにくい。
「それだけではありません。あのとき・・・」
「お待たせしてすみません!リックと言います」どちらのほうがましだろうかと考えてどっちもどっちだなと結論を出したとき、上ずった声と共に真新しい制服を着た青年が走ってきた。
「準備が出来たので、奥の部屋にどうぞ!」そう言って彼が部屋の扉を開くと、そこは応接間のような小部屋だった。翠玲葉は勧められた通り部屋の中心に置かれていたソファに腰掛けたが、少年はそれを断り翠玲葉の後ろに立った。
「あ、あの・・・。隊長も言ってましたけど、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。聴取といっても全部形式的なもので、いくつか確認したいことがあるだけですから」しかしそういう彼の顔は引きつっており、はっきり言って説得力はまったくなかった。
案の定、男性は終始緊張しっぱなしてたどたどしかった。そのため途中からは少年がところどころ補足をいれつつ、翠玲葉が一人で話し青年はメモを取るだけになっていた。しかし本当に簡単な質疑だけだったので、結局聴取は20分程度で何事もなく終了した。
「い、以上になります!あ、ありがとうございました。ご協力、感謝致します!」そう言うと翠玲葉に向かって彼は敬礼をすると深く頭を下げ、そのままくるりと体を返すと部屋を後にしようとした。
「おい。ちょっと待て!」
「え?!な、何ですか?」急に鋭い声で呼び止められて彼は分かりやすく固まった。そしてぎこちなく振り返る様子に、いくらなんでも動じすぎではないかと翠玲葉は少し心配になった。一方少年の方はそんな様に一切構うこと無く、淡々とした口調で話し続けた。
「保管庫の鍵を開けてほしい」
「え?・・・鍵?」
「本を回収したい。鍵の管理担当に連絡してほしい」
「あ、はい!分かりました!少々ここでお待ちください」
「いや。保管庫の前で待ってる」
「あ、はい!分かりました!では、保管庫の前でお待ち下さい!」そういうと今度こそ彼は部屋から勢いよく飛び出していった。それを彼は少々呆れた様子で見送ると大きく息を吐いた。
「・・・あの。黒魔術書が見つかった経緯について、教えてもらえませんか。大捕物があったそうですが、詳しいことはまだ聞いていません」
「・・・約一ヶ月前」翠玲葉がそう問いかけると、彼は少し考え込み険しい表情で淡々と語り始めた。
「街で黒魔術にかかった人間が保護された。術を解除し事情を問いただしたら、そいつは半グレ連中の下っ端だった。更に問いただしたら更に大量の本の取引が行われると吐いて、そいつの言う通り連中を張ってみたら吸血鬼の男との接触が確認できた。それでそいつごと本を押さえることになった。だが・・・男は死んだ」
「え・・・。何故、ですか」
「現場に乗り込んだら男は外に逃げようとした。すぐ取り押さえようとしたが、そのときは昼だった」
「え、それじゃ・・・・・事故、ということになるのでしょうか」翠玲葉が言葉を選びながら慎重に問いかけると、少年は険しい表情のままでああと小さく答えた。
「・・・そのとき、見つかったのが今保管されている9冊」
「え!9冊!?」黒魔術書は本来一冊見つかるだけでも大事だ。翠玲葉が驚いて大声を上げると、何故か彼はとても苦々しい表情を浮かべた。
「いや・・・。取り押さえた半グレ達によれば、本は30冊買い取る予定だったらしい」
「何!30冊だと!残りはどうなっている!!!」
「・・・・・・うるさい。大声出すな」
「あ・・・。申し訳ありません。残りはどうなっているのですか」
「1冊は見つかった。昨日、お前が解除を行った男の店にあった。入手経路は不明。意識が戻ったら調べる」
「ではあと20冊は、どこにあるのですか」
「・・・まだ見つかってない。別部隊が探してる」
「え・・・。大丈夫なのですか」
「・・・一応手がかりはある。だからお前が気にするな。それより、解除は大丈夫なのか?」
「・・・完全に破棄できるかは、実物も見なければわかりません」
「・・・だったら早く行くぞ。多分もう係の者がいる」そうして彼の後に続いてしばらく歩いていると、目の前に大きな金属の壁が広がった。
「二人共、よく来てくれたね」




