黒い本 2
「まず午前中は警備隊の本部で聴取を受けて頂きます。そして終了後黒魔術書を回収し、帰還後は危険度の判別と可能であれば破棄をお願い致します」マダムの言葉は淀みがなかったが、翠玲葉はその内容に思わず表情を曇らせた。
魔術書とは、魔術の行使のための指南書兼補助道具である。しかしそれを読み解くためには一定の条件が必要であり、その条件は著者の血縁者のみや豊富な実戦経験など様々で触れてみないとわからないのだが、どの場合も魔力を持っていることは共通の最低条件である。それ故魔力を持たない者には何の意味もない紙の束であり、それが魔術書であることも判別できない。しかし黒魔術書は魔力の有無に関係なく、容赦なく触れた者の心と体を瞬く間に取り込む。そして取り込まれている間本人は意識を失くし普段からは決して考えられない暴動を起こすが、その行動目的はその者が普段心の奥底に眠らせている決して表に出してはいけない願望が元となっていると言われている。それ故意識がない間は周囲を傷つけ、効果が切れ我に返ったときは自分自身が深い絶望と後悔に落とす『不幸を呼ぶ黒い本』とも呼ばれる代物である。取り込まれないようにするには素手で触れないようにするか、解除の術を施し効果そのものを打ち消し破棄しまうかしかない。ただし効果を完全に破棄できるかは黒魔術の解除と同じで、行使する術者の能力によるところが大きい。そのため大抵は効果が発動するために特殊な条件を付与したり、仮に発動しても効果を最低限に抑えたりできるようにする場合が多い。
「・・・分かりました。できる限りのことをします。ですがもし、破棄できなかった場合はどうしたら良いのですか」
「心配はございません。今回回収された黒魔術書は、強固な封印効果のある魔法具で厳重に保管する予定です」
「本当に、その様な魔法具があるのですか」彼女に限って嘘をつくとは思えなかったが、そんな都合が良い物があるとはにわかには信じられなかった。翠玲葉がつい疑わしそうに眉をひそめると、マダムは淡々と説明を始めた。
「疑われるのも無理はございません。この街から南に常緑樹の森があり、さらにその奥深くに庵を構える魔術師に依頼した特別な品になります」
「知りませんか?森の主。無限の魔女」
「このあたりではすっごい有名ですよ!」
「ここの住民証だって、実は彼女に依頼しているんですよ!」
「え。そうなんですか」
「はい!魔法具は今じゃ普通の魔導師でも作ってるけど、彼女が作ったものはすごいんですよ!耐久性も効果も桁違い!やっぱりエルフの魔術師ですよね!」
「・・・・え?」
「でもそれ、本当かどうか分からないわよ。誰も会ったことないし」
「え?そうなんですか?」
「そうそう。それにここにくる弟子の男の子は人間でしょう?だから実は、エルフじゃないのかもよ」
「あ、確かに!でも他に魔術から使えるとしたら、他の妖精か魔族か・・・」
「・・・・・『確かに』ではありません」その声はとても冷たく翠玲葉はこれはまずいと身構えたが、シルキー達はおしゃべりに夢中すぎて全く気づかず話し続けた。
「そうよ!やっぱり魔術師って言ったらエルフでしょう!」
「あ、そっか。でもやっぱり、謎がすごく多いですよね」
「今度弟子が来たら、質問攻めにしてみる?」
「貴女達、いい加減になさい!」そして案の定マダムは雷を落しシルキー達はしまし固まり、そして一列に並ぶと揃って頭を下げた。
「全く・・・。話がそれてしまい、申し訳ございません。話を戻します。よろしいですね」本当は翠玲葉ももう少し魔女の話を聞きたかったが、有無を言わせぬマダムの迫力に黙って頷くしかかなった。
「明日警備隊の本部までは、シュガさんに付き添って頂くことになりました」
「え。・・・・・彼、とですか」
「はい。本来は黒魔術書ですのでシオン様が適任です。ご本人も同行を強く希望されたのですが・・・・現在は個人的所要で手が離せません」
「・・・・・わかりました」
「そのため大変申し訳ないのですが、万が一のときはご自身で対応を願います」




