黒い本 1
「部屋を開けたらいなかったので、すごく慌てました」
「でもシュガさんのおかげで、すぐに見つかって良かったです」
「やっぱり探しものは、シュガさんですね」何故ここであの狼の名前が出るのだろうと一人首を傾げていたが、シルキートリオはそれには構わず話し続けた。
「それにしても、どうして図書室にいたんですか?本が読みたいなら、私達か他のシルキーに頼めばよかったのに」
「そうですよ。そうしたらおすすめの小説、たくさん持ってきたのに!せっかく仕入れたのに、手つかずになってる面白い恋愛小説いっぱいあるんです」その言葉に突然シオンと共に部屋を飛び出していったのは誰だ、と本当は言い返したかった。しかし早くここに呼ばれた理由を知りたかったので、そうですねと軽く返すだけで留めて部屋をもう一度見渡した。てっきり部屋に戻ったらマダムが待ち構えていると思ったのだが、そこにいたのはこのトリオだけだった。
「あの、マダムはどこですか」
「それが・・・シオン様とシュガさんとの話が長引いてるみたいです」
「しばらくすれば絶対に来ます」
「でも長引いてるっことは、シオン様がごねてるんじゃない?」
「確かに。そうなると時間かかちゃうわね」
「・・・彼はいつもこうなのですか?」
「え?まあ、そうですね」
「でも仕方がないのです。シオン様の半分は夢魔ですから」
「やはり彼は、魔族の血を引いているのですね」そう言った瞬間、彼女達は突然黙り込んだ。やってしまったという表情を浮かべたあと、意を決したように話しだした。
「そうです。シオン様は人魚と夢魔の混血です」
夢魔とは魔族の一種で、サキュバスやインキュバスとも呼ばれている。常に美しい容姿で魅惑のオーラを放って異性を魅了し、淫夢と呼ばれる特殊な夢を見せ人間の精気を奪う能力を持つ。魔力は低めだが享楽的な性格で魔族の中でも特に自らの欲望のままに振る舞うとされるが、人間からは嫌うどころか好かれることが多い稀有な存在である。
「でも絶対に、絶対にシオン様には言っちゃ駄目ですよ!」
「そうですよ!シオン様、魔族は大嫌いなんですから!」
異なる両親を持ち両者の性質を丁度半分ずつ受け継いで生まれてくる子供は非常に稀であり、それをコンプレックスに感じている者は非常に多い。また2つが混ざったことでどちらとも異なる性質を持つ場合もあり、そう言った場合はコンプレックスを抱えて苦労するとも言われている。他者の言動など気にも止めなさそうだが、シオンにもそういった触れられたくない過去があるらしい。
「・・・・・わかりました」見に覚えのある話に翠玲葉が神妙な表情でうなずくと、シルキー達はほっと息をついた。
「本当に大変なんです、魔族が関わってるというだけで、我を忘れちゃって・・・。この前も魔族なんてどうなっても良いと思ってるから、あんな事になったんじゃないかって。シュガさん、久々に本気で怒ってましたよね。まだ怒ってるかしら?」
「そうかもしれませんね。割と根に持つタイプですからね」彼女達が勝手にがやがやとしゃべる様子をしばらく静観したあと、翠玲葉はそっと尋ねた。
「あの・・・彼は何をしたんですか」
「あ!えっと、その・・・」
「この前の依頼で、ちょっと・・・」するとまた彼女たちは一瞬動きを止め、ひどく困った様子で何度も顔を寄せ合った。
「言っても大丈よね?」
「そうですね。レーハさんも、もう関係者ですからね」
「・・・結論だけいうと、事件の首謀者の確保に失敗したんです。シオン様達が乗り込んだときに、その・・・」
「うっかり目を離したすきに逃げ出して、取り返しのつかないことに・・・」
「まあそれだけなら警備隊の方々は多めに見てくれたんでしょうけど、また別の問題が起きちゃって・・・。まだまだ大変なんですよ」
「あ、でも大丈夫です!こんなにもつれること、滅多にありませんから!」慌ててぐっと顔を乗り出し声を張り上げた。
「怪我をすることはよくありますけど、普段はもっと普通な依頼しか受けませんから!」
「そうですよ!今回だって本当は、黒魔術書を回収するだけだったんです!」
「黒魔術所」もっと詳しく教えろと言おうとした瞬間、トントントントンと控えめに音ともに凛とした声が聞こえた。
「失礼いたします」
「あ、マダム!」
「遅くなり、大変申し訳ございません」丁寧に頭をさげるとすっと翠玲葉の前に立った。
「早速ですが、明日の予定についてお伝えします」




