屋敷の歴史 4
「え!どうしました!虫でもいましたか」
「あ、いや・・・非常に細かく書かれているので、驚きました」気まずい雰囲気を強引に断ち切るように、翠玲葉は手元の資料に目を戻した。露天商のことばからフェアガーデン家びいきになっているのでは、と思っていたが案の定リズの功績を褒め称える内容であった。結果その中から事実といえる部分だけを抽出するために幾つかの本を同時に読むことになり、一時間ほどで30年ほどだった。慎重に裏表紙を閉じると、軽く伸びをして首を左右に倒すと次の本を手を取った。管理法に問題があったわけではないと思うのだが、紙がだいぶもろくなってしまっている。
「何度か作り直そうっていう話も出たんです。でもグレイス様が『時間と費用をかけることは他にある』って、止めてるんです」その言葉を聞いた途端、翠玲葉はピタリを動きを止めた。そしてしばらくしてからゆっくりと彼女を見つめ、かすれた声を漏らした。
「信じられない・・・」
「あ、勘違いしないでください!グレイス様は、伝統や歴史を全否定しているわけじゃないんですよ。ただ悪い風習や時代に合わないことは変えていかないといけない、って。例えばリズ様が様々な種族の融和のために考え出しジャスミン荘も、『保護するだけでは駄目だ。自立を目標としなければ意味がない』って見直しそうです」
「・・・。とても、立派な方ですね」翠玲葉は思ってもみない話に衝撃を受けていたが、ようやく出てきたのはとてもありふれた言葉だった。しかし彼女は対して気にしなかったようで、ただ誇らしげな笑みを浮かべた。
「はい!先輩たちはみんな、偉大な方だって言ってます。私はまだお目にかかれていませんけど」
「え。どういうことですか」
「実は数年前、体調を崩されて実務から退いているんです。単なる過労だったらしいんですけど、ご高齢ということもあって今は郊外にある別宅に居られます」
「そう、でしたか・・・。と言うことは現在の実質的な当主は、リーザ様になるのですか」
「え?」
「この家系図によるとリーザ様はグレイス様の養女で、他に後継者らしき方の名前がありません。だからそう思ったのですが、違うのですか」そう言った途端、彼女の表情がわかりやすく暗くなった。
「すみません。余計なことを聞きました」
「・・・どうせ分かることだから言っちゃいますね」そう彼女は切り出すとぐっと身を乗り出した。
「実は・・・リーザお嬢様は、家出してるんです!」予想外の答えにぽかんとしていると彼女は、それが・・・と前置きして話しだした。
「家を継ぎたくないって、2年前に愛馬のルナを連れて突然飛び出したんです」その言葉に翠玲葉は思わず吹き出し懐かしそうに目を細めたが、彼女はそれに当然不可解そうに首をかしげた。
「え?どうされましたか?面白いことなんてありましたか?」
「あ、いや・・・。それは、大変なことになっていますね。勿論行方は探されているのですよね」
「ええ、まあ・・・。でも山にいるこれはみんな分かってるので、誰もそんなに心配してないんですよね」
「山、ですか」
「やっぱり呆れちゃいますよね。もうすぐ二十歳だっていうのに今更反抗期になって、馴染みの猟師達と獣を追いかけてるなんて・。小さい頃は大人になったら、絶対グレイス様の後を継ぐって言ってたみたいなのに。一体何があったのか・・・?」
「歴史は繰り返す、か・・・」その言葉に再びキョトンとされてしまいごまかすために、バタンと大げさに本を閉じた。
「お話を聞かせていただき、ありがとうございました。ところで自室でこの本を読みたいのですが、持ち出しても大丈夫ですか」
「え?・・・・・あ、すみません。それは難しいですね。一応貴重本になるので。普通の小説とか辞書とか、すぐに買い替えられる本なら大丈夫ですよ」
「そう、ですか・・・。わかりました」
「退出時間になった呼ぶので、それまでごゆっくりどうぞ」それだけいうと彼女は部屋の奥へと消えていった。
「・・・・・やっと、静かになった」
「やっと見つけました!レーハさん、すぐに戻ってください!マダムが。マダムがお呼びです!」




