屋敷の歴史 2
「・・・・・落ち着かない」そう気だるげと呟くと翠玲葉はゆっくりと体を起こした。予想外の出会いや場面を繰り返してすっかり動揺している。決断した以上ここで出来ることをするしかないとわかっているが、正面から向き合うにはまだ少し迷いがある。こうして一人で静かにしているとそれが大きくなるような気がして、大きく息を吐き頭を振ると部屋を見渡した。そして鏡の前に置かられているレターセットを見つけてあっと小さく声を上げて慌てて懐に手を突っ込んだ。
「良かった・・・」取り出した手紙が無傷であることを確認するとほっと息を吐き、一旦外の空気でも吸おうと窓に手をかけた。しかしはめ殺しでもないはずなのにどれだけ押してもそれはぴくりともせず、まさかと思った翠玲葉は慌てて出口に向かった。
シルキーが住み着く屋敷では中にいる者達が、彼女たちの不興を買って部屋に閉じ込められることがある。それかもしれない思った翠玲葉は勢いよく体を扉に押し付けた。
「え!何!・・・え?」扉は無事に開いた。しかし勢いが強すぎたせいで派手な音と共に体を半分飛び出してしまい、丁度そこを通りかかった長身のシルキーと見つめ合うことになった。彼女はよほど驚いたようで目を大きく見開き、抱えていた書類の束にはシワが入りそうだった。
「あ、えっと・・・。驚かせてしまいすみません」
「どうかしましたか?」
「実はこの部屋の窓、押しても引いても動かないのです。それで・・・」
「よく見てください。この部屋の窓は上下に動くタイプですよ」
「え。ですがこの屋敷の窓は、全て外に開く仕様だったはずです」
「全部?確かに昔はそうでしたけど、今はそれ以外のタイプもありますよ」そういわれて改めて窓枠を見直してみると、外見とは違いとてもシンプルで機能重視のデザインだった。急に恥ずかしくなった翠玲葉は彼女の顔を見たくなくてさっと頭を下げたが、やはり彼女は不思議そうに首をかしげた。
「それにしても、どうして自分で窓を開けようとしたのですか?景色を見たいなら、この部屋のシルキーに頼めば良かったでしょう」
「今はいません。シオンさんと、歓迎会の用意をすると飛び出していきました」
「嘘でしょう!まったく、またあの子達は・・・・・。あら?それは手紙ですか?」
「あ、はい。この街に住む親戚に届けてほしい、と知人から預かったのです」
「そうことなら、私が代わりに出しましょうか」
「え。ここからでも出せるのですか」
「ちゃんと住所を書いておけば、直接流通局に行かなくても業者が届けてくれますよ」
「え。そうなんですか・・・。それでは、お願いします」
「承りました。それとこの際なので、他に何か御用があれば言ってください」
「えっと、それでは・・・ここの歴史が分かる場所は、ありませんか」
「それなら・・・図書館ですね。案内します」彼女に続いて10分ほど廊下を歩いていると、順番に大きくナンバープレートがかかった重厚な扉が見えてきた。
「3つ目が街とフェアガーデン家の歴史書の保管庫。ちなみに1つ目が小説と娯楽本、2つ目が教養本です。中に図書館担当のシルキーがいるので、詳しくは彼女に訊いてください」
「あ、ちょっと待ってください。この4つ目の部屋は、図書室ではないのですか」翠玲葉がその場を立ち去ろうとしていた彼女を引き止めると、すっとある一点を指差した。
翠玲葉が指差した先にあったのは、3つの部屋の隣にある4のナンバープレートがかかった部屋だった。外観が他の3枚と同じだったのでそうだと思ったのだが、彼女はそれを数秒黙って見つめた後すっと真剣は表情で詰め寄った。
「その部屋には、絶対に勝手に入らないでください」その迫力に押され翠玲葉は驚いたが彼女は構わず話し続けた。
「この部屋にはフェアガーデン家当主に代々受け継がれる、とても大切な品があるそうです。だからここに入って良いのは現当主だけで、開かれるのも継承式のときだけです」彼女の言葉が終わると翠玲葉は顔を扉に向けじっと静かに見つめた。
「お前!なんでここにいるんだ?」