屋敷の歴史 1
「家賃についてです」その言葉に翠玲葉はあっと小さくつぶやき、そしてすぐに顔を伏せた。現在この街で使える金銭そのものは勿論、それらに換金できるような品もない。そうなれば取るべき道は一つしかない。
「・・・私も、依頼の手伝いをさせてください」
「うん。いいよ!これからよろしくね!レーハちゃん!」しかし彼女が何か答える前に、シオンの明るい声によりその場の空気は一気に決壊した。思わず呆れた表情を浮かべた翠玲葉に、シオンは構うことなく勝手に話し始めた。
「うれしいな。いままでは、ずっとボクだけやってたんだ。でもこれからはレーハちゃんがいるから、きっとらくになるな。報告書も書かなくていいし。シュガにもマダムにも、きっと怒られなくよくなる」
「・・・かしこまりました。しかしそれは、ワタクシの担当ではありません。明日以降、マダムから話があると思います。詳しくはそのときにお尋ねください」
「・・・わかりました」
「二人とも!そんな顔しない!」
「そんな、こわいことばっかりじゃないから。あぶないこともたくさんあるけど、なんだかんだでなんとかなったから。おわっちゃえばぜーんぶ、楽しいことばっかりだよ。だから大丈夫だよ!ぜったいに!」
「・・・そうではない」
「え?じゃあなんで?」
「何でもありません。もう、余計なことは言わないでください」
「え?どういうこと?」
「私の話は以上になります。お時間を頂き、感謝いたします」そう静かに彼女が告げ機械的に頭を下げると、他の3人もそれに倣って慌てた様子で頭を下げた。
「この後は、どうされますか」
「え。えっと・・・」
「・・・ご希望がないのでしたら、本日はごゆっくりお休みください」
「・・・・・はい。そうします」
「かしこまりました。・・・皆さん、後は任せました」
「はい!かしこまりました!」
「それでは、失礼いたします」そういうと彼女はもう一度頭を下げると音もなく上昇し、そのまま扉へと消えていった。その様子を何気なく目で追ったあと、あっと小さくため息をついた。まだまだ日は高いが一旦横になりたい気分だった。彼女の言う通りにするため、翠玲葉は皆に早く下がってもらおうとした。
「ねえ、レーハちゃん!ボク、人間の食べ物大好きなんだ。いろんないろとかかたちとかあって、全部おもしろいよね!レーハちゃんは?」
「・・・急に、どうしたのですか」翠玲葉がしばしキョトンとしたあと困惑げに尋ねると、シオンも不思議そうに首を傾げた。
「だって、こまるるじゃん。好きなものがわかんないと。ね?そうでしょう?」そう言ってシオンは目の前の三者にも同意を求めたが彼女たちも困惑げに顔を見合わせるだけで、仕方がなく翠玲葉が代表するように口を開いた。
「何の話ですか」
「カンゲイ会だよ。カ・ン・ゲ・イ・カ・イ」その言葉に翠玲葉はますます表情を困惑で曇らせ首をかしげたが、シルキー達はあっと小さく納得の声を上げた。
「すっかり忘れてた!」
「そういえばシュガさんのときは、うるさいのは嫌いだし色々用意するのは面倒くさいから、って結局やらなかったんですよね」
「そうだよ!せっかくたのしみしてたのに!だからさ」そこでシオンは不満げな声を上げた後、翠玲葉にぐっと顔を近づけた。
「シュガのときのぶんまで、パーとやろう!ね、いいでしょう!レーハちゃん?」
「もしかして、お嫌なのですか?」
「だったら、やめにしましょう。無理強いはしません」
「えー、そんな!やろうよ。ゼッタイたのしいよ!」シオン達がまた勝手に話し出したのを見て、翠玲葉は少々困った表情を浮かべてしまった。そしてゆっくりと口を開いた。
「・・・お願いします」
「よーし。だったら、さっそくよういしなきゃ!みんな、いくよ!」
「はい!かしこまりました!」
「すぐに、シュガとマダムにもおしえないとね!じゃあまたね!」そう高らかに告げるとシオンが部屋を飛び出していくと、シルキー達もそれに続いて慌ただしく飛び出していった。そうなると先程までの賑やかさが嘘のように部屋には不思議な静けさだけが残り、そこでやっと翠玲葉は一人大きく息を吐いた。そして開いたままになった扉に気が付き手をかけとき、シオンの問いに答えていなかったことに気がついた。
「・・・まあ、いいか」そう言いながら静かに扉を閉めた。