9:くりかえし
数日が過ぎて、再びじいちゃんが桃を片手にやってきた。夕暮れ時で、黄昏の暖かな光がけだるく帳を下ろす。森では、変わらずゆるい涼風が吹いているようだ。
「じいちゃん、また来てくれたの? 小夜子さんは買い物にいってるけど。……悠兄を呼んでくる」
じいちゃんを部屋へ促してから、奥の部屋へいこうとすると腕をつかまれた。痩せた手が僕をとめる。
「じいちゃん」
「お前は悠の演技につき合っているのか」
「え?」
しばらく見あったまま、黙りこむ。静寂の中に時計の秒針が響いて、時が止まらないことを告げていた。
そこに扉の開く音がする。悠兄が顔をだしたのだ。
「なんだ、じいちゃんか」
「悠兄」
彼は歩み寄ってきて、玄関の方を向いたまま続けた。
「小夜子がなかなか帰ってこないな。俺、ちょっと迎えにいってくる。じいちゃん、戻ってくるまでゆっくりしていてくれよ」
いつか、聞いたことのある台詞だった。あれは、いつのことだろう。
「悠」
鏡の砕けるような、大きな声が響いた。
「いい加減に目を醒ませ」
「どうしたんだよ、じいちゃん」
悠兄を睨む厳しい瞳の中に、わずかに哀しみが揺らめいていた。
「とにかく、俺は行ってくるから。すぐ帰ってくるよ」
悠兄は戸惑い、逃げだすように玄関へ向かった。部屋から消える背中が、なぜか遠く小さい。じいちゃんは表情をゆるめ、哀しそうに僕を見た。
「……ついていってやれ、貴史」
「あ、うん」
突っ立っていた僕を促して、じいちゃんはソファに深く沈みこむ。
玄関へ向かうと、悠兄はすでに外へでていた。