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森のレクイエム  作者: 長月京子
一:森は歌う
8/22

8:まちがい

「悠兄」

「あったよ、緑のパステル」


 町の画材店でも、悠兄の顔色は蒼かった。色とりどりの絵の具や、大小さまざまな筆が並ぶなか、彼は何度も深い息をついた。

 僕の気持ちも、どこか重い。


「これが、パステル。色鉛筆じゃないんだ」

「そうだよ」


 パステルは太く、微妙な色の差で順番に並んでいる。綺麗な濃淡はそれだけで価値がありそうだ。試しに手にとって用紙にこすりつける。芯は粉になり、蝶のリンプンのように細かい。


「じいちゃんも、ついにボケがはじまったか」

「そうかな」


 山荘では、小夜子さんが僕達の帰りを待っていた。頼まれていた物をさしだすと、受けとって笑う。


「ありがとう。今日の夕飯はね……」

「お姉ちゃん、じいちゃんに会ったよ」

「おじいちゃんに?」


 その続きは悠兄が口にする。


「そう。おかしなことを言っていた。少し、ぼけはじめたのかな」

「暑いからじゃないの?」

「そんな感じじゃないんだ」

「――そうなの」


 小夜子さんがキッチンへ姿を消すと、悠兄も仕事部屋へ向かった。彼を追いかけて部屋へ入ると、椅子に腰かけた悠兄がこっちを見ている。顔色が蒼く、表情も硬くこわばっていた。


「貴史」


 まるで貧血をおこしたような彼の様子に戸惑いながら、側まで駆け寄ると肩をつかまれた。指が食いこんで骨でとまる。


「痛いよ、悠兄」

「どういうことなんだ」


 うつむいた彼から、かすかに声がもれた。力のこもった指先が小刻みにふるえ、白くなっていた。やがて顔をあげて、悠兄は僕を見すえる。蒼白な顔は像のように動かず、整っていた。


「じいちゃんが、ぼけているんだ。そうだな、貴史」


 流れる汗が、硝子細工のように滑りおちていく。


「小夜子はここにいる、そうだろう?」

「うん」


 泣きたくなった。どちらが間違いであるかは、明きらかだった。


「お姉ちゃんはここにいるよ。じいちゃんがぼけているんだ」


 悠兄は力なくデスクに顔をふせた。つかまれていた腕が赤くなり、熱を帯びる。それでも、悠兄の指の冷たさが残っている。

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