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森のレクイエム  作者: 長月京子
一:森は歌う
2/22

2:花火

 僕達が着いた晩は、例年のように小夜子さんが御馳走を作ってくれた。

 早速、アツアツの天ぷらを頬張っている隣で、悠兄は深刻な顔をしている。張りつめた空気を感じとって、話しかけることができなかった。


「悠」


 緊張を揺るがす大きな声。彼はゆっくりと顔をあげた。でも、小夜子さんはひるまない。凛とした瞳が彼をにらんでいる。


「物語を考えるのもいいけど、美味しいとか、何か言うことはないの? そんな怖い顔してられちゃ、美味しいご飯もまずくなるじゃない」

「話を考えている訳じゃないよ」


 悠兄はおかしかった。実は、ここにくるまでの間も何度かこういうことがあったのだ。妙に落ちつきがなくなったり、じっと黙って考えに耽ったり。無表情な顔は整い過ぎて、作りもののようでさえあった。

 真摯な瞳が、まっすぐ小夜子さんを見ている。


「どうしたの?」


 さすがの彼女も、少し戸惑っている。悠兄の唇が動きかけた時、小夜子さんが咄嗟に口を開いた。


「そうだ、貴史君。後で花火をしましょう。私、用意したのよ」

「あ、うん」


 ぎこちない空気が残る。悠兄は弱く笑うと、勢いよくご飯を掻きこむ。小夜子さんの溜め息が聞こえてきた。

 少しおかしな夕食が終わると、外へでた。


 樹々の黒い影のあいだから濃紺の空が広がり、月がみえる。吸いこまれそうなほど澄んだ空は、手で叩けそうなほど近い。石を投げればそのまま硝子のように砕けて、破片が降って来そうだ。


 悠兄がバケツに水を汲んで持ってきた。小夜子さんは蝋燭に火をつける。

 赤い炎に照らされて、ユラユラと影が揺らめいた。


 花火をしているあいだ、小夜子さんは悠兄と言葉を交わさなかった。僕の側から離れず、じっと激しく閃く火花を見ていた。悠兄が、時折ネジの緩んだ人形のように、ぎこちなく唇を動かそうとし、そのつどやめた。


「――仕事を始めるから」


 全ての花火が灰にかわると、悠兄は呟いて中へ引きこもった。小夜子さんは、また深い溜め息をついた。


「どうかしたの? 悠兄もお姉ちゃんも」


 彼女は微笑んだ。そんな寂し気な笑みを、僕は見たことがない。綺麗な顔は、暗がりでも白く浮かびあがる。そのまま闇に溶けこみそうに、輪郭がにじんでいた。


「どうかしているのかもしれない。……怖いわ」

「何が?」


 彼女は答えず、立ちあがった。僕に手を差しだして、立ち上がらせてくれる。細い手は夜の涼気のためか、ひんやりと冷たかった。


「中に入りましょう」


 自分勝手に鳴く虫の声が、背中から追いかけてくる。

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