2:花火
僕達が着いた晩は、例年のように小夜子さんが御馳走を作ってくれた。
早速、アツアツの天ぷらを頬張っている隣で、悠兄は深刻な顔をしている。張りつめた空気を感じとって、話しかけることができなかった。
「悠」
緊張を揺るがす大きな声。彼はゆっくりと顔をあげた。でも、小夜子さんはひるまない。凛とした瞳が彼をにらんでいる。
「物語を考えるのもいいけど、美味しいとか、何か言うことはないの? そんな怖い顔してられちゃ、美味しいご飯もまずくなるじゃない」
「話を考えている訳じゃないよ」
悠兄はおかしかった。実は、ここにくるまでの間も何度かこういうことがあったのだ。妙に落ちつきがなくなったり、じっと黙って考えに耽ったり。無表情な顔は整い過ぎて、作りもののようでさえあった。
真摯な瞳が、まっすぐ小夜子さんを見ている。
「どうしたの?」
さすがの彼女も、少し戸惑っている。悠兄の唇が動きかけた時、小夜子さんが咄嗟に口を開いた。
「そうだ、貴史君。後で花火をしましょう。私、用意したのよ」
「あ、うん」
ぎこちない空気が残る。悠兄は弱く笑うと、勢いよくご飯を掻きこむ。小夜子さんの溜め息が聞こえてきた。
少しおかしな夕食が終わると、外へでた。
樹々の黒い影のあいだから濃紺の空が広がり、月がみえる。吸いこまれそうなほど澄んだ空は、手で叩けそうなほど近い。石を投げればそのまま硝子のように砕けて、破片が降って来そうだ。
悠兄がバケツに水を汲んで持ってきた。小夜子さんは蝋燭に火をつける。
赤い炎に照らされて、ユラユラと影が揺らめいた。
花火をしているあいだ、小夜子さんは悠兄と言葉を交わさなかった。僕の側から離れず、じっと激しく閃く火花を見ていた。悠兄が、時折ネジの緩んだ人形のように、ぎこちなく唇を動かそうとし、そのつどやめた。
「――仕事を始めるから」
全ての花火が灰にかわると、悠兄は呟いて中へ引きこもった。小夜子さんは、また深い溜め息をついた。
「どうかしたの? 悠兄もお姉ちゃんも」
彼女は微笑んだ。そんな寂し気な笑みを、僕は見たことがない。綺麗な顔は、暗がりでも白く浮かびあがる。そのまま闇に溶けこみそうに、輪郭がにじんでいた。
「どうかしているのかもしれない。……怖いわ」
「何が?」
彼女は答えず、立ちあがった。僕に手を差しだして、立ち上がらせてくれる。細い手は夜の涼気のためか、ひんやりと冷たかった。
「中に入りましょう」
自分勝手に鳴く虫の声が、背中から追いかけてくる。