2. 10年前 ~ 亀甲縛りのフーガ ~
10年前の、ある秋の夕暮れ。
静那たちが出会った少女は 「ポチがにげちゃったの」 と、泣きながらふたりに訴えた。
「それは心配ですね」
「…………」
少女に向けられた昭野の曇り顔に胸をときめかせながらも、思案する静那。
「そうだわ……!」
やおら、そっと伊達眼鏡を外し、ふぁっさっ、と長い髪を解く。
そして、バッグの中から愛用の鞭を取り出し、素晴らしい手捌きで、昭野を打擲し始めたのだった……!
「ひっ、あっ……っあ"ひぃっ……!」
昭野の悲鳴が上がる度、白いシャツが、ビリビリっと裂け、そこから覗く地肌に赤い蚯蚓脹れが走っていく……
「えーーー!?!?!?」
驚きのあまり、ただただ叫び声を上げる少女に、静那は優しく微笑みかけた。
「美しいでしょう? この中心の六角形……」
シャツが破け去り、剥き出しになった昭野の肉体。
弾力のありそうな胸筋や腹筋に沿うようにして、緋色の縄が複雑に絡まっている。
静那が、心を込めて縛り上げたものだ。
「えーーー!?!?!?」
「これはね 『亀甲縛り』 というのよ!」
ビシビシビシッ……、と鞭を激しく打ち鳴らす、静那。
「犬のことは、犬に聞くのが一番よ!」
「えーーー!?!?!?」
少女の目の前で鞭打たれつつ、昭野は次第に四つん這いの姿勢になっていく。
――― 誰かに見られたら社会的に死んでしまうという緊張感と、鞭による苦痛、その苦痛をいや増す秋の寒さ……
トリプルの快感に、昭野の本能が、覚醒め始めているのだ!
「さぁ! ワンちゃん!」
絶え間無く飛んでくる、静那の叱咤。そして、ひゅんひゅんと唸る鞭…… そして、ついに。
「アオ、アオーーーン!!!」
昭野は、完全覚醒を遂げたのだった……!
「さぁ、今よ! リードをお貸し!」
「は、はい、お姉様!」
場を支配する女王のオーラに、すっかり呑まれた少女が、いそいそと差し出したリードを、静那は美しい手つきで受け取った。
「ほら、これよ」
片手で優しく昭野の頭をなで、その鼻先にリードを近づける。
「…………」 くんかくんかくんか。
しばらくリードの匂いを嗅いでいた昭野は、やがて、だっ、と駆け出した。
「アオ、アオーーーン!!!」
「こっちよ! ついていらっしゃい!」
「はい! お姉様!」
後に続く、静那と少女。
彼女らが追い付くと、昭野はまた、四つ這いで走り出し、少し離れた地点で見事な 『お座り』 姿勢を披露する。
「アオ、アオーーーン!!!」
「次は、あちらのようよ!」
「はいっ! お姉様!!」
いつしか少女は、憧れに目を輝かせて静那に従っていた。
――― 通常ならば静那と昭野は、とても信じられるものではない怪しげなカップル、と見られたかもしれない。
だがその時、静那の自信溢れる堂々とした態度は、少女の心を、すっかり惹き付けていたのである……!