希少種
アカさんは浮かれていた。
無理もないが、初めての光景に初めての感触。
食事を口にした時など転げ回っていた。
そしてとんでもないことを言い出す。
『なぁ、ソラはん。交尾させてくれへんか? ワイ興味あったんやって』
『い、嫌にゃ。他あたってくれにゃ』
『そか、残念やわ』
アカさんの尻尾は垂れ下がり、しょんぼりしている。
もともと雌猫同士なので交尾は不可能なのだが。
『ならリクやんはどうや?』
『断る』
勘弁してほしいものだ。
その日の夜、一日中猫の体を堪能したアカさんは衝撃の事実を話しはじめた。
『あのなリクやん。ちょっと困ったことが2つあるねん』
『どうしたんだ?』
珍しく弱気なアカさん。
猫の体に不具合があったのかと尋ねると、小さく首を振る。
『あのな、ワイ、この体からうまく出れへんのやわ。ソラはんみたいに出入りできるかと思ったんやけど、うまくいかへん』
『ソラに習えばいいんじゃないか?』
『ほやな、ソラはんはできとるさかい、焦らず聞いてみるわ。んでなもう1つ、解析は問題ないんやけど、世界の記録に上手いことアクセス出来へんのやわ』
『はぁ?』
思わず大声を出してアカさんをガン見してしまう。
それは1番ダメなパターンだ。
この世界が世界の記録に載ってないにせよ、その知識はとても大きいものだ。
私の魔道研究に欠かせないものなのだ。
『それは不味いだろ、1回体の方を壊してみるか?』
私が右手に魔塵粒子を集め出すとアカさんは毛を逆立てる。
『ちょ、リクやん待ちーな。それでワイも一緒に消えてもうたら洒落にならへんで。あくまでも今は、や。記録の容量はワイの頭だけになったけど、解析は出来るしええやろ。焦らずいこうや』
精霊は消えたりせず再召喚で済むと思うのだが、アカさんにはいつも世話になっているから無理は言えない。
こればかりは徐々に良くなる事を祈るしかないな。
翌日からは海斗に用意してもらったこの世界の書物をアカさんが読み漁る。
解析能力は錆び付いておらず、5冊程を眺めただけで文字の法則を読み解いたようだ。
情報伝達もなんとか大丈夫で、頭がパンクしない程度に私とソラも共有していく。
ソラが『頭がスポンジになるにゃ』と意味の分からない事を言っていたが、何処かの書物で覚えた言葉なのだろう。
歴史や文化、風俗といった本を読み終えると、様々なジャンルの本が追加される。
「日本の文化です」と海斗が持ってきた漫画などもある。
そんな詰め込み作業も2週間が過ぎると、この世界のことも大分理解できた。
私たちの世界が魔道ならば、この世界が科学であること。科学によって魔道を超える叡智があること。
親分さんの家に引きこもっていたので分からなかったが、好奇心をくすぐる世界なのだ。
どれだけ魔道の発展に役立つかと思うと、私は興奮のあまり不眠気味の日々を送っていた。
そんなある日の夜。
親分さんが3人の女性を連れて私の部屋にやって来た。
「リクさんもたまにはどうですか?」
薄着の女性たちは若く、起伏のあるボディラインを私にアピールしていた。
まぁ、夜の相手にどうだと言われてるのは分かるのだが。
「親分さん、ありがたい話ですが、私は大丈夫ですよ」
「無理強いする気はないから安心してください。もし必要になったらいつでも海斗に言ってください」
そう言って女性を引き連れ出て行った親分さん。
私も男だ。性欲が無いわけではない。
しかし昔に痛い目にあったからそれほど求めなくなったのは間違いない。
ふと、私は苦い記憶を思い出した。
私が元いた世界には好敵手と呼べる魔女がいた。
お互い若く、魔道の求道者とあって意気投合し、共に研究も数多く行った。
ある時、魔道の実験とそそのかされて丸2日間の性行為に及んだのだが、まぁえらい目にあったのだ。
一種の呪いといえる魔道は私の精神を蝕んだ。
私は豚人間にだけ欲情するようになってしまった。
豚人間を見れば胸が高なり息子がいきりたつ。
世界広しといえど豚人間に犯された者はいても、豚人間を犯した人間は私だけだろう。豚人間は男性種しかいないし。
なんとか解呪し、これも魔道の発展の為と割り切っているが苦い思い出だ。魔女とも意見交換程度の付き合いしかなくなった。
――――
と、この1ヶ月はアカさんが猫に入ったり、情報収集に勤しんだり親分さんが女性をつれてきたりと、忙しい毎日だった。
私が食事の用意された部屋に入ると、珍しく親分さんがいた。
「リクさん、おはようございます。どうですか、ここには慣れましたか?」
「はい。親分さんにはいつも感謝しています」
「はっはっはっ。海斗を助けて貰った恩はこの程度では返せませんがね。しかし、もう日本語も流暢に話される。その勤勉さには頭が下がりますな」
親分さんは頭を掻くと大きく笑う。
実に美味しい食事が終わり膳が下げられると、親分さんが縁側を一瞥する。
障子に影が写ると、1人の女性が中に入ってきた。
日本人らしい長い黒髪を後ろで1つに束ねた妙齢の女性だ。
畳に正座すると軽く手をつき私に頭を下げる。
「リクさん、紹介しよう。これは私の姪で風吹だ」
「白里 風吹です」
紹介された女性は私に微笑むのだが、作り笑顔にしか見えない。
顔は人形のように整っているが、無理やり愛想を作っている女性。
私も一応に頭を下げておく。
「じつはなリクさん。海斗はしばらく仕事でここを留守にするんでな、風吹にリクさんの面倒を見てもらうことになった。なんでも遠慮なく風吹に言ってくれ」
「何分若輩者ですが、精一杯努めさせて頂きますのでよろしくお願いしますね」
「……よろしくお願いします」
気さくに声を掛けてくる海斗と違って、なんとも堅苦しそうだ。
至れり尽くせりで世話になっている以上、文句は言えないが。
「それじゃ風吹、後は任せたぞ。リクさん、私は仕事がありますのでここで失礼させて貰います」
親分さんが部屋を出ていくと、明らかに女性の顔付きが変わる。
不満気に息を吐くと、こちらを睨んでくる。
「あんたが噂の野郎か。叔父さんの命令だから仕方なく世話してやるけど、オレに命令するなよな」
――これが噂のオレっ娘か。
昨日書物から得たばかりの情報を目の当たりにしてしまった。
確か希少種に認定される存在だとか。
「なにニヤケてんだ? オレをなめたらぶっ飛ばすからな」
こうして海斗の代わりに希少種「オレっ子」こと風吹が世話人になるのだった。