回復魔道
ソラを置いて争いの場に近づくと、1人の男が数人の男に羽交い締めにされ殴られている。
皆一様に派手な柄の入った格好をしているのだが、少し離れた場所に立つ男は雰囲気が違った。
他の現地人が興奮する中、黒で統一された服を着た年季の入った男は私に気づき、落ち着いた様子で何かを喋りかけてきた。
何を言っているのかは分からないが、手で払うような仕草はどっかに行けと言っているのだろう。
事情は知らないが、殴られてる男の顔は腫れと血で原型を留めていない。少々やり過ぎである。
もちろん魔道発展の為に殴っているのならば止めはしないが。
あまり手荒な真似はしたくない私は、右手を前に突き出し束縛の魔道を発動させる。
私から放たれた魔塵粒子が帯状になって男達に絡みつくのだが――おかしい。
本来なら体内の魔塵粒子に阻害を加えて、身動きが取れなくなるはずなのに彼らに変化は無い。
現地人は魔塵粒子の影響を受けないのだろうか。
私の行動に反感を持ったのか、黒服の男が顎をこちらに向かってしゃくると、2人の男が場を離れ喚きながら目の前に立ち塞がった。
「※◯〜¢+◇☆〆」
1人が乱暴に私の外套を掴みにかかる。
私は全身の魔塵粒子の流れを速めると、突き出された手を円を描くように払いのける。
男はそのまま1回転して地面に叩きつけられたのだが、もう1人が怒りをあらわに殴りかかってきた。
まったくもって素人だ。
左足を少し下げ半身の姿勢で拳をかわすと、バランスを失った男の足を軽く払う。
前のめりで地面に突っ伏すしたところを踏みつけると、男はうめきを上げて伏せてしまった。
そこまで強く踏んではいないのだが、力加減を間違えただろうか。
どうやら現地人はさして強くはないようだ。
小鬼よりも弱いレベルだ。この程度ならば身体強化の魔道すら必要ない。
残りの連中が痛めつけていた男をその場に投げ捨て一斉に襲いかかってくる。
とはいえやはり大したことはない。ちょっと腹を叩けば蹲っていく。
残った1人の顎を打ち抜き地面に倒した時だった。
乾いた音が響くと肩に痛みが走る。
黒服の男が何かを構えてこちらに向けていた。
その手にある奇妙な物の先からは白い煙が上がっている。
肩に手をあてると、外套に固いモノがめり込んでいた。
取り出すと人差し指の先程の鉄の塊だ。
自動防御障壁が無ければ体内に入り込んでいただろう。
これは……面白い。目で追えぬ速さの攻撃だ。
初めて見る兵器に心が躍る。研究活用の為に是非とも欲しい。
自動防御障壁を強めて黒服に歩み寄ろうとすると、何度も乾いた音が鳴る。
強度を上げれば痛みはない。
私の額にも放たれたが、皮膚に当たる前に勢いを弱めそのまま手のひらに落ちていく。
近づくほどに黒服は青ざめ、手にしていた物を私に投げつけると座り込むように倒れる。
私が黒服が投げた兵器をうっとりと眺めていると、震えた声を出しながら、のした連中と一緒になってあたふたと逃げていった。
「リクは強いにゃ。それともあいつらが弱いんかにゃ?」
気がつくと足下にソラがいた。
「あいつはどうするにゃ?」
「んっ? あいつ?」
兵器に夢中で忘れていたが、殴られていた男が少し先で横たわっている。
私は手に持つ兵器と横たわる男を交互に眺める。
私としては今すぐにでもアカさんを呼び出し、この兵器の解析を行いたいところだが。
……もともとは助太刀のつもりだったんだ。このままほっとくわけにもいかないだろう。
ソラが先に駆け出し、私はあとに続く。
小さな呻き声が聞こえるので意識はあるようだが、鼻は曲がり歯も数本折れてるようだ。
「楽にさせてやれるかにゃ?」
「楽? あぁ、トドメを刺せってことか? あまり人の命を奪ったりは好きじゃないんだが」
「違うにゃ! 回復魔道とか使えにゃいのかにゃ!」
「そっちか」
物騒なことをいうと思ったのだが私の勘違いか。
最初から回復と言ってもらいたい。
回復魔道を使えるのは使えるが、あまり研究はしていない。
いずれ死者蘇生の実験の時にでも付随して研究するだろうと思っていたのだ。
それに問題がないわけではない。
現地人は魔塵粒子の影響を受けていないようだ。
回復魔道も魔道粒子を使って行うので、効果がない可能性が高い。
しかし現地人の構造を知るいいチャンスだ。
「〆※※☆≫◯⊇」
「大丈夫だ。任せておけ」
言葉は通じてはいないが、私の言葉に体から力を抜く男。
実際に現地人に触れてみるとよく分かる。
体内の魔塵粒子の量はかなり少なく定着していない。
大気中から吸い込んだ微量が血液とともに多少回っているだけで、肉体に取り込まれてないのだ。
回復魔道とは体内の魔塵粒子を活性化させ、自然治癒力を何十倍、何百倍にも高めると共に修復を促すものだ。
熟練者ならば折れた骨は元より、千切れた直後なら手足をくっつけることさえ出来る。
もっとも複雑な人体構造の熟知が必要だが。
私も魔道研究の為に人体構造の勉強はしているが目的が違う。
何よりも現地人にどれほどの効果があるのか。
私はアカさんを呼び出すと、両手に魔塵粒子を集め始める。
『リクやん、またおもろいこと始めよったな。現地人の構造はワイが情報流したるわ』
『アカさん。後から別件の解析も頼むぞ』
小刻みに送られてくる情報。
私とほとんど同じ構造だが、やはり肉体に魔塵粒子が馴染んでいない。
練り込むように魔塵粒子を浸透させると、男が小さく呻く。
大気中にも存在する魔塵粒子なので拒否反応こそないが、体の変化についていけないのだろう。
男は寝返るように横を向くと胃の中のものを吐き出す。
それでもしばらくすると出血は止まり、少しながらも腫れも引いていく。
さすがに抜けた歯は生えてこないし鼻は曲がったままだ。しかし現状を考えれば成功だろう。
アカさんと兵器の解析に勤しんでいると、呼吸も落ち着いた男が私ににじり寄った。
男は足を曲げて座ると、手を前に突き出して頭を地面に擦り付ける。不思議なポーズだ。
「めっちゃ感謝されてるっぽいにゃ」
「そのようだな。さっ、寝床を探すとするか」
兵器の解析も終わり、そばに来たソラを抱えて私が立ち上がると、男も立ち上がり私の腕を掴んでくる。
「○%×$☆♭#▲!※ ≫」
どうやら私を何処かに連れて行きたいようだ。
その時私の腹が大きく鳴ると、男に笑顔が見られる。
「▲!※ %☆※◯≫」
「助けて貰ったお礼がしたいんじゃにゃいかにゃ?」
言ってることは分からないがソラに言われるとそんな気がしてくる。
まぁ飯を貰うぐらいのお礼をされるのならついていくのも悪くない。
そして私は流されるように男に連れて行かれるのだった。