瞬間移動
「ここは……どこだ?」
呆然としながら私は心情を吐露した。
無機質で巨大な塔が立ち並び、闇に染まりつつある空を白く塗り潰す眩い光を発している。
初めて見る光景に立ち尽くすしかなかった。
私はいったいどこに瞬間移動したのだろうか?
――――
私の名前はリクアスラ=バッジアン。
魔道を心から崇拝する求道者だ。
周りからはよく『破壊の権化』と呼ばれている。
その探究心から様々な実験を行ってきたが、魔道の更なる発展を願っての行動だと理解して頂きたい。
実験と言っても魔道の基礎となる魔塵粒子の超高密度爆発で、ちょっと山が吹き飛んで地形が変わり、新しく湖が出来た程度だ。
立て看を持って文句を言う前に、偉大なる功績を称えて欲しいものだ。
そんな私が現在研究しているのは瞬間移動である。もちろん爆発系の魔道の苦情が殺到して、物を売ってもらえなくなっての路線変更ではない。断じて違う。
高速移動の魔道とは違い、言葉の通り瞬間的に別地点へと移動する魔道の極みの一つと位置付けられる代物だ。
もちろん古い伝承に眉唾的な記録が残っているだけで、成功させた者はいない。
そもそも空間歪曲と瞬間移動とを混在してる者が多いが全くの別物で、前者は空間と空間をつなぎ合わせたり、超高速による移動だ。
私が求めるのは瞬間的に無機体ないし有機体の存在場所が変わる事であり、そのタイムラグは0である。
研究と実験を重ね、移動先とこちら側の空間とを同じ質量、体積、密度にする事で、そっくりそのまま入れ替える方法が有力だとの結論に至った。瞬間移動に手の届くところまで到達したのだ。
私は歓喜した。
しかし身をもって体験しなければ求道者とはいえない。
親友とも言える世界の記録を司る精霊、アカさんの協力の元、私は条件を満たす場所を探した。
今は可能な場所という括りにはなってしまうが、何事も最初の一歩目が大事なのだ。
基本が出来て初めて応用できるのだから。
ようやくアカさんから決行日時を教えられた。
どうやら現時点では好きな時を選ぶことさえ出来ないようだが、私にとっては些細な事だ。
体調を整え、身なりも新たに漆黒の外套を用意した。やはり成功に酔いしれるには風になびくマントが必要だろう。
人類、いや生物初の瞬間移動。
今回は万全を期す為に呪符を使用する。
呪符とは文字に魔塵粒子を定着させたものである。
一度定着させてしまえば使用時に安定した力を発揮してくれる。
書く文字によって効果は違い、利便性の面からも生活の一部として幅広く普及している。
もちろん私が用意したのは自作であり、複雑、精密な呪符だ。
移動させる空間に不変の呪符を施し、体内の魔塵粒子をゆっくりと循環させる。
幾重にも張り巡らされた呪符が一つ一つ文字を光らせ、濃密な魔塵粒子が空間を覆い尽くす。
肌にピリピリとした刺激が走る。
目の前が真っ白になり耳元で弾けるような乾いた音が鳴り響くと、私はこの場所から消え去った。
身体に重みを感じてゆっくりと目を開く。
ボヤけた視界が鮮明になりだすと、少し空気が震えた。
いくらアカさんの情報とはいえ、僅かながらに質量に違いがあったのだろう。
空間の定着と共に、異物を掻き消さんと突風が螺旋を描いて舞い上がり、放電を走らせ掻き消える。
おそらくはほんの僅かな誤差だったからこの程度なのだ。
適当な場所に瞬間移動していたら、超高密度爆発を超える熱量とともに世界ごと消え去っていたかもしれない。
背中に冷たい汗が流れるが、成功は成功。
いや大成功だろう。
目の前には見たこともない光景が広がっているのだから。
だがそれは私の想像を遥かに超えていた。
これでも私は魔道実験の為にいくつもの国や秘境と呼ばれる所に身を運んだ。
しかしここはどこにも似つかぬ場所。文明そのものが違うとしか言いようがない。
もしかしたら時空をねじ曲げ時間旅行してしまったのかもしれない。
大勢の人間が歩いてる姿が見えるのだが、衣服には統一感はなく奇抜な格好が多い。
何やら私を遠くから眺めて話している人間がいるのだが、現地語らしく理解することは出来ない。
またある者は手の平サイズの四角い物体をこちらに向けて来る。瞬時に自動防御障壁を張ったのだが、どうやら武器ではないらしく攻撃される事はなかった。
人もそうだが建物や地面も違っていた。
色とりどりの硬い石板が敷き詰められ、土らしきものが見えない。
黒い地面の上では巨大で奇妙な何かが動いているのだが、そこそこ早く動く物体の中には人間が入っているのだ。
古い文献で自動式泥人形を人に纏わせる兵器が載っていたが、それに似た兵器なのだろうか?
見た事もない巨大な塔。それが幾つも立ち並んでいる。
日が傾き世界を闇に包もうとしているはずなのに、至るところから光が発せられ辺りを照らし尽くす。
世界で一番栄えている王都でさえ、これほど煌々とはしていない。
「ここは……どこだ?」
魔道の高みに位置し、瞬間移動すらなしえた私だったが、立ち尽くすことしか出来なかった。
……もっとも私がここが異世界の地球という星、日本と呼ばれる国だと知るのはまだ少し先の話である。