だからこそ
「なんの話か知らないけど、あとにしてくれよ。僕は操縦に集中しているんでね!」
「質問に答えなさい、特務技官っ!!」
一喝すると、フレイはすねたように鼻を鳴らした。
半ば予想した通り、バルト国王は今朝方、死亡していた。
国王と重臣一派は、昨夜地下通路を経由してベルゲン郊外へ脱出。
大陸北部への逃走を計ったらしい。
「北方巨人族とは話がついていたんだよ。連中の首都に間借りさせてもらう手はずだったらしいね」
どうやら自分達で喧伝していたほどには「新兵器」の威力を信じていなかったようだ。
いや、ベルファスト博士の老衰死が彼らの心を折ったのか。いずれにしても王は国を捨て、逃亡を選んだ。
だが、その動きはマガツに捕捉されていたのだろう。
「当たり前だよ、物資も人も動くんだ。完全に秘匿するのは不可能さ。どこかでマガツの協力者に気づかれてしまったんだろうね」
結局、北方へ向う途上でマガツの群れに襲われ、脱出した者達は全滅した。
現在のバルト王国は国王不在。国家の上層部が事実上一掃されてしまったという。
奇妙に空虚な、白けた気持ちになってしまった。
早い話、お偉いさん達は我々を信じなかったのだ。
攻撃が成功すると思えなかったのだろう。
では、あの授章式はなんだったのだろう。逃げる算段をしつつ、王はわたし達の首に勲章をかけたのか。
茶番につき合わされたのは不快だが、いまさらでもある。
どうせ奴らの為に飛んでいたんじゃない。
――じゃあ、誰の為?
わたしの大切なひとの為よ。
他の誰でもない。誰に命じられなくても、わたしはお前を殺しにいく。
逃がしはしないわよ、ファウンダー。
――まるで、あなたも王のよう。あなた達は、ひとりひとりが王のよう。
なにがいいたいの?
――わたシ達、いるのはわたシの為。わたシだけ、違う。特別は、そういうこと。でも、あなた達は違う。特別なひと、だけが特別じゃなイ。
それは、当たり前よ。
人間はある意味、みんなばらばらで等しく価値がない。特別じゃない。
散々情報収集してきただろうに、まだそんなこともわからないの?
――仕組み、わかる。気持ち、わからない。特別は、他にいない。わたシだけ。だから、特別――なのに、殺す?
当たり前じゃない。
お前はわたしの特別を殺した。他の誰かの特別も殺した。
わたしの特別をこれ以上、殺させない。傷つけさせない。
だからよ。だから、お前を殺すのよ。
――どうして? 特別、わたシだけ。あなたは、特別じゃないはず。違う?
合っているけど、違ってもいるわ。
ほとんどの人にとっては、マユハもわたしも特別じゃない。
名前も知らない、死んでも気にも止めない存在。いてもいなくてもいい、どうでもいい、無価値なもの。
だけど、マユハはわたしの特別になった。わたしはマユハの特別になった。
それは見つけたからよ。
――見つけた?
そうよ。
わたしはマユハを見つけ、マユハはわたしを見つけた。
互いを見つけ、手を伸ばし、絆をつむいだ。
わたし達はそうやって特別になる。誰かにとっての特別になれる。
他の人もきっと同じ。
特別に思える人、特別に思ってくれる人を探し求めているのよ。
――わからない。わたシは、わたシ。ホントに特別は、わたシだけ。他のモノは――
他の者はどうでもいい? 餌にすぎない?
お前は誰かにそばにいて欲しいと思うことはないの、ファウンダー。
――思わない。
嘘よ。
なら、どうしてわたしと話しているの。
――あなた、恨む。わたシ、殺す。だから。
それだけなの?
本当にそれだけ? さみしいと思ったことはないの?
――さみしいはない。意味ない。
ぼそりと吐き出すファウンダー。
背筋が寒くなった。冷え切って乾いた声だった。
――ここは、わたシの世界じゃない。似たモノ、誰もいない世界。さびしい、つらいだけの場所。
どういうこと?
お前は、別の世界から来たっていうの?
――わからない。最初、わたシはわたシをわからなかった。そのうち、誰か来て、わたシはわたシを知った。知りたくなかった。
何故?
――だって、特別はわたシだけ。他には誰も――なにもいない。
一筋の光明も差さない、深くよどんだ闇の底。
わたしはよく似た感情に触れたことがある。
――わたシの特別は見つからない。わたシにつながるものは、誰もいない。
ファウンダーから感じるのは、根深い怒りと虚無の混合物だ。
四つの大陸を制し、無数の眷属を従えてなお、マガツの女王には絶望しかなかった。
いや、だからこそか。
だからこそ、マユハ達はファウンダーに惹きつけられた。
だからこそ、マユハ達はマガツの協力者になった。
だからこそ、マユハ達の理解者となれた。
――特別は、わたシだけ。他のモノはぜんぶ、特別じゃない。
つまりはベルファスト博士も一緒くたにされたのか。
ファウンダーは優れた資質を持つものを取り込み、自身を向上させていく。
そんなの、誰も追いつけない。
――みんな、塵と同じ。ここには塵しかない。なのに恨む? わからない。
ふざけた女だ。
自分に釣り合う男がいないからって、皆殺しにするつもりなのか。
要するにファウンダーはこの世界そのものにわずかな価値も見出していないのだ。
だから損得勘定抜きで資源を馬鹿食いするし、無茶な作戦で戦力を消耗しても平然としている。
恐らく彼女にとって「マガツ」とは指の爪程度の道具にすぎないのだろう。
数万、数十万を失おうが、気にもしない。
必要とあらば、投げ捨てるような使い方さえしてしまう。
ファウンダーがひっそりと笑う気配がした。
――ロゼもいっぱい、殺した。マガツじゃない、人間も。特別じゃないひと達、だからイイ。わたシもそう。特別じゃないもの、滅ぼすだけ。同じでしょ? なぜ恨む?
忙しい時に糞つまらない見解を長々とありがとう。
お陰で確信することができたわ。
――なに?
ファウンダーのあり方は間違っているわ。
お前が勝って世界を滅ぼせば、最終的にはマガツも滅ぶのよ。自分でもわかっているくせに止めようともしない。
それは自殺っていうのよ。誰がつき合ってやるものですか!!