最良で最速
ほどなく、その時は来た。
援護の飛翔銃兵達が王都上空から一時的にマガツを追い払ってくれた。
計器表示されるカウントダウンをフレイが読み上げる。
「射出まで10、9、8……」
ちなみに射出施設はベルゲン市民の憩いの場である中央公園の真下にあった。
公園にある池の水が排出され、隠されていた射出口が開いたのだ。
「……3、2、1、射出!!」
びりっと感電したような感覚。
ピースメイカーはエーテル駆動の射出機に押され、猛烈な勢いで上昇した。
「――っ!!」
呪力で身体強化を行い、加速に耐える。
フレイもくぐもったうめきを上げてた。相当きついようだ。
一方のマユハは平然とこちらに身を乗り出し、
「だいじょうぶ? ロゼ」なんて聞いてきた。
「な、なんとか……って、なんで、君は平気なのっ!?」
わたしの額に浮かぶ脂汗を手袋でぬぐい、マユハはにっこり笑った。
「けっこう力持ちなの、半分マガツだから」
うわ、だまされた。
いつも瓶詰めの蓋が固いとかいって、わたしに開けさせていたくせに。
今度から力仕事は全部、マユハの担当にしよう。
ふっと加速が緩む。
ピースメイカーが射出口を飛び出し、空中に放り出されたのだ。
次の瞬間、尾部の筒型推進器が点火。
蹴られたような衝撃が発生し、機体を身震いさせつつ、ピースメイカーは射出時を上回る加速をはじめた。
「わうっ!?」
さしものマユハも座席に押し戻され、頭を動かすこともできないようだ。
わたしやフレイはもはや声すら上げられない。
外の様子はまったく見えない。
振動でぶれて数値は読みにくいが、高度計の針が狂ったような勢いで回っていた。
射出からわずかに数分。
ピースメイカーは成層圏を駆け抜け、大気圏外に達していた。
□
燃焼を終えた筒型推進器を切り離し、機体は飛翔の最高到達点に迫りつつあった。
加速はほぼ消え、機内に小さな塵が浮いている。
無重力――我々はいま、宇宙にいた。
景色が見えないこともあり、身体が軽いこと以外は別段実感もない。
戦争の為だけにとうとうこんなところまで来てしまったという、諦めにも似た感慨があるだけだ。
「はははは、よし、やった! これでやり遂げたぞ。僕らの勝ちだ!!」
うわずった声でフレイが宣言する。
わたしは呆れてしまった。さすがに先走りすぎだろう。
「まだ飛翔経路の半分も済んでないわ。君がちゃんとこの子を飛ばして、降下攻撃を成功させないと無意味なんだから」
「フン、僕が操縦を誤るとでも? あり得ないね!」とフレイは言い返す。
ピースメイカーはくるりと回転した。
最高到達点から今度は地上に向けて落下するのだ。
降りるにつれて大気が濃くなり、空気抵抗が増える。
成層圏まで降りたところで可変翼を広げ、呪槍の下腹に呪場を形成してやる。
すると、ピースメイカーは大気に弾かれて上方へ跳ねる。まるで平らな石を浅い角度で池に投げた時のように。またその際に発生する熱エネルギーを回収し推進力として再使用する。
いったん跳ねた機体は惑星の重力に引かれ、ふたたび降下。同様に跳躍と降下を繰り返し、数千㎞を飛翔するのだ。
ピースメイカーをガメリア大陸上空へ運ぶ手段としては、これが最良で最速だった。
「最大の危険は射出前後の数十秒だった。しかし、もうマガツの手は届かない。父の勝ちだよ。君達がへまをしなければね!!」
「へまですって? まあ、するかも知れないわね」
「な――」
「わたし達、みんながよ。誰もが失敗する可能性があるわ。油断すればするほど、可能性は増えるのよ。だから、任務が終わるまで浮かれるな! わかったら黙って操縦に集中しなさい、ベルファスト特務技官」
フレイは不満そうだったが、反論を飲み込んだ。
ぴしゃりと言われ、話の接ぎ穂を失ったのだろう。
ことの是非よりも彼が冷静さを失っていることが大きな問題だった。
少しは頭が冷えてくれればいいのだが。
わたし達は敵の本営を吹き飛ばし、ファウンダーを抹殺する為にここにいる。
この作戦は絶対確実に果たさなくてはならないのだ。
マガツを滅ぼす為に。
――ひどイ、ひと。教えても、くれないイのに。
メッセージは前回よりもはっきりと頭に響いた。
おまけにぐっと胃をつかまれたような不快感を伴っている。
まるで目の前に本物の彼女がいるかのようだ。
「……っ!」
マユハはうつむき、蒼白になっていた。
「大丈夫!?」
弱々しくうなづくマユハ。
体内にマガツ細胞があるせいで、強烈な圧迫を受けてしまうのだろう。
くそっ、マユハに手出しするのは誰であっても許さない。
強く想いをこめ、メッセージを投げ返す。
やめろ、もうお前達はおしまいなのよ。この娘を巻きこむなっ!!
――特別を殺しタ。なのに、やめてくれなイ。おかしイ。なぜ?
戻ってきたのはファウンダーの戸惑いだった。
人間とは異質な存在のはずだが、感情自体は理解できる範疇にあるらしい。
だが、特別とはなんの話だろう。
――あなた達の特別。一番のひと。さっき、殺した。もう命令なイ。なのに、やめなイ。終わらなイ。なぜ?
飛翔軍の総監が戦死でもしたのだろうか。
本当であれば大きな損失だが、それで我々の作戦が中止になるわけがないじゃないか。
ファウンダーは、一体なにを――
そこまで考えた時、わたしはふと思い当たった。
「フレイ。王国の上層部……いえ、国王陛下になにかあった?」




