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白銀の呪槍

 レール上の瓦礫を片付け、わたし達はふたたびトロッコで移動した。

 射出施設には数分で到着し、大急ぎで出撃準備を整える。


 アルに折られた腕は医務官が固定処置と痛覚遮断注射を施してくれた。

 あとは呪力による自己強化で急場はしのげるだろう。


 機器類の個体調整(パーソナライズ)の為にマユハの生体情報を計測した。

 どの数値も高く、特に呪力はアルを上回るほどだった。


 わたしも完全に認めざるを得なかった。

 才能だけで言えば、マユハは超一流の呪術使いになれるのだ、と。

 

 しかし破滅はもう目の前にまで迫っていた。




   □




 先行していたフレイが振り返って、叫ぶ。


「ちょっと、なにをやっているんだっ!? 急いでくれっ!!」


 言われるまでもない。

 こんな場所に長居したい奴は滅多にいないはずだ。

 言い返そうとした時、ずずん、と鈍い音がして足下が揺れた。

 マガツの空襲だろう。

 これのお陰でなかなか足が進まないのだ。


「マユハ、大丈夫っ!?」


「だ、だいじょ……ばない。ばないけど、大丈夫。がんばる」


 マユハは青い顔をして細いパイプの手すりにしがみついていた。

 虚勢を張ってはいるが、立ち上がることができないようだ。

 

 わたし達はパイプで組まれた狭い橋の上にいた。

 橋は巨大な人工の縦穴にかけられている。

 

 

 そして橋の先には新兵器――成層圏滑空型 超々重術槍“ピースメイカー”が鎮座していた。

 

 

 天井は恐ろしく高く、幾本もの長いレールが垂直に伸び上がっていた。

 このレールに沿ってピースメイカーは直接射出される。

 

 つまり、この槍は自力で飛翔するのだ。


「あうっ!!」


 立ち上がりかけた瞬間にまた橋が揺れた。

 マユハはまたしゃがみこんでしまった。

 ここから穴の底までは15mほど。人間が一番、恐怖感を煽られやすい高さなのだ。

 おまけに特別製の頑丈な飛翔服のせいで、身動きがしずらい。


「おら、嬢ちゃん! しっかりしな!!」


 一番後ろにいたハインズ班長はマユハをひょいと抱え上げた。

 そのまま軽々と運びはじめる。さすが太躯種(ドワーフ)の膂力だ。

 すくむ足を必死で動かして、わたし達は橋を渡りきった。


 ピースメイカーの本体は白銀の呪槍だ。

 材質はミスリル合金で全体はカバーで覆われている。カバーを含めた直径は4m、全長は40m。


 中心部にはクルグスから回収された呪槍が――都城で死んだ人々やマガツの怨念をたっぷり吸いこんだ槍が呪物の核として鋳込まれていた。


 操縦に必要な機器類は外装式だ。

 胴体中央に折りたたまれた可動翼、後部には使い捨ての筒型推進器が4つ。

 さらに操縦席のある搭乗モジュールが槍の外側にへばりついていた。

 

「よっしゃ、乗りこめっ!!」


 ハインズ班長にうながされ、まずフレイが搭乗した。

 搭乗モジュールにはごく小さな搭乗口が開いているだけだ。

 ここからモジュール内へもぐりこむのは大変である。

 

 案の上、フレイは途中で引っかかってしまった。

 ハインズ班長は上からフレイの肩を踏み、無理やり押し込んだ。

 わたしとマユハも同様にして、どうにか席に収まる。

 

「服についている金具を席の差し込み口に入れろ!」

 

 フレイの指示に従うと金具はかちりとはまり、身体が固定された。

 

 搭乗モジュールは三座式だった。

 前方に一つだけある座席にはフレイが収まっている。

 わたしとマユハは彼の後ろに並んで座る形だ。

 

 ちなみに座面は天を指し、背中は地面と水平になっている。

 後ろに倒れた椅子にそのまま座り、天井を見上げているような体勢だ。


「いいか、もう無茶は承知でやるしかねぇんだ! お前ら、頼んだぞっ!!」言って、ハインズ班長は搭乗口に蓋をした。


 これで外部から完全に遮断された。

 辺りを照らすのは計器類の灯りだけ。搭乗モジュールに窓はないのだ。


「ボルド中佐、操縦は僕の役割だ。君の席には予備の操作系統がついているけど、触れないように」


 ここは素直に応諾するしかない。

 ピースメイカーは機械としての成り立ちが通常の飛翔機とはまったく異なる。

 わたしはなにも知らないのだから、手出しのしようがない。

 

「フレイ、君はいつ操縦訓練を受けたわけ? これの練習機があったとも思えないけど」


 計器類のチェックをしつつ、フレイはわたしの疑問をあっさり切って捨てた。


「ああ、別に訓練はしてない」


 思わず、彼の背中をまじまじと凝視してしまう。

 視線を感じたのか、フレイは身をよじって振り向いた。


「僕が何者か忘れたのかい? 僕の中身は人工精霊なんだよ。操縦方法は完璧に理解している。機体内外からの情報はもちろん、加減速で機体に加わる力を直に感じ取ることもできる。ある程度は呪力による身体強化もできる。なんの問題もないだろ?」


「君、実際に空を飛んだことは?」


「今日が初めてだ」


「ちょっと待って。ピースメイカーの試験飛行は? この機体、いえ呪槍は飛んだことがあるの?」


「今日が初めてだ」


「――冗談でしょ?」


 当惑と非難のニュアンスが気に障ったのだろう。

 フレイは尖った口調で「僕はこいつを完璧に理解しているんだ。なんの問題もないっ!」と繰り返した。

 いや、絶対問題あるよね、これ。

 

「といっても、いまさらどうにかなるものでもないか……」


 わたしはしぶしぶ諦めた。

 泣き言をわめいても、どうせバックアッププランはない。

 もはや覚悟を決める時なのだ。


「ね、ロゼ。わたしは座っていればいいんだよね?」マユハの問いに


「ええ、そのはずよ。呪槍を起動するまで、わたし達の出番はないわ」と答える。


 搭乗前の説明によると役割分担はこうだ。

 

 マユハは呪槍への呪力を供給する。

 座席に設置されている機器が勝手に呪力を吸収するから、術操作は不要だ。

 

 吸収された呪力はいったんこちらで受け取る。

 わたしが術操作を行い、呪力を術紋に適した形に変換する。

 さらに自分の呪力も上乗せし、呪槍へ流しこむ。

 

 操縦はフレイ、呪力供給はマユハ、術操作がわたし。

 

 通常は一人で担当する仕事を三人がかりで行うわけだ。

 ピースメイカーはそれだけ規格外の兵器なのである。


 攻撃目標はガメリア大陸にあるノラド山脈の地下深くにあるマガツ本営だ。


「本営は分厚い岩盤に護られ、およそ10㎞に渡って広がっているんだ。基本的には我々がアプス山脈に作った地下防空壕と似た構造のようだね」


 似てしまう理由はわかる。

 上空からの攻撃に備えるのならば、自然と同じような形式になるはずだ。


「あと地下の方がエネルギーを得るにも都合がいい。ファウンダーは頑丈な触手を伸ばして地面を掘削し、直接地脈からエーテルを吸い上げているそうだよ」


 どうしてそこまでわかるのだろうか?

 わたしの疑問にフレイは、


「簡単だよ。父はマガツの巣に入ったことがあるのさ。いまの本営ではなく、南方大陸にあった最初の巣だけどね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦局の進行の早さに試験研究が全然追い付かず、やってみなけりゃ分からない。 理論上は出来る筈。 うーん。末期ですねー。
[一言] “ピースメイカー”……! カッコイイ!! 物騒な兵器に前向きな名前を付けるのはあるあるですよねw
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