呪術の才能
マユハの説明にはよどみがなかった。
きっと、本当のことを話しているのだろう。
「でも……じゃあ、わたしは? 君と血のつながりなんてないじゃない!」
「ロゼとは」
艶っぽく、「毎日、仲良くしていたから」とマユハは微笑んだ。
こんな時にいきなりなにを言うのだ。思わず紅潮してしまったじゃないか。
「――なるほど、頻繁に体液交換している相手だからか。血縁と同程度に近しいわけだ。なるほど、なるほど」
フレイの呆れ声。
あえて空気を読んでない感じだ。
「う……ふ、普通、それだけじゃ無理でしょ。呪術の触媒にはならないわ!」
「彼女にはマガツの能力もある。連中はみんな、ファウンダーと接続されているからね」
フレイは感じ入ったように、
「だけど、それにしてもすごいな。血のつながりや体液を擬似的なしるべにして、意識の扉を探し当てるなんて……」
「んー、女王と何度もメッセージのやり取りをしたお陰? やり方は大体同じだから」
「いや、たいした才能だよ。確かにこれならファレス中尉の代わりも務まるかも知れない」
フレイまでその気になってしまっている。
冗談じゃない。
「待ちなさいっ!! わたしは認めないわよ!」
「何故だい? 彼女は誰かを探す術に関しては、抜きん出た才能がある。恐らく擬似的なしるべだけでは、扉の特定には至れない。相手に呼びかけ、無意識下で返答をさせることで、扉を探し出す。たぶん、そういう仕組みの呪術を使っているんだ」
思い当たるふしは――あった。
今日もそうだが、マユハはわたしのいる場所に何度も現れている。
偶然ではない。わたしがそこにいると、知っていたのだ。
だけど、信じられない。いや、認めたくない。
「よりによって、マユハにそんな……マガツ細胞の影響で多少呪力を使えるだけじゃないの!?」
「中佐、話が逆なんだよ。呪術の才能を持つ者だけが、マガツの協力者に選ばれたのさ」
耐えがたい状況におかれ、助けてくれる「誰か」を強く求めた者達。
呪力がなければ、彼らはファウンダーからのメッセージを受け取ることもなかったのか。
さらにマユハはファウンダー式の遠隔接続までものにしてしまったことになる。
「マユハ・ノボリリは優秀――それも極めて優秀な呪術者だ。間違いなくね」
フレイは断言した。
理屈はそうかも知れないが、認められない。
わたしはマユハを戦場に行かせたくない。
「そういうことじゃないわ。たとえわたしが死んでも、マユハさえ――」
「ロゼ。それじゃ、ダメだよ。それじゃ、わたしが嫌なの」
彼女の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
そうさせたのは、恐らくは他でもないわたしなのだ。
マユハを置いていけば、因果の連鎖は途切れてしまう。そういうことなのだ。
いま、ここでわたしがすべきなのは理解することだ。
マユハと共に戦う覚悟をすることだ。
「だから行くよ。ずっと一緒なんでしょ、わたし達」
「でも……っ! それでも、わたしは……」
反論は尻すぼみに消えてしまう。
わたしはとっくに最後のチップを賭けていたのだ。
願いをかなえる為に。
□
少々話疲れた。
アルの様子をちらりとうかがう。すっかり困惑しているようだ。
「ロゼ、その……確かに自分は最後の日については記憶がないのですが……」
「あら、別にごまかさなくてもいいのよ。わたしは知っているんだから」
にっこり笑ってやる。
あの後、意識のないアルと護衛達は病院送りになった。
意識を取り戻した時には戦争は終わっていたはずだ。
彼は重い息を吐き出し、頬をこすった。
「自分は、本当に……」
「疑うならフレイに聞いてみたら? 彼もその場にいたでしょ」
「……ベルファスト特務技官は任意退官して行方知れずです。自分も探しているんですが」
わたしは肩をすくめた。
フレイはお得意の神出鬼没ぶりをいまだに発揮しているのだ。
眉を深くしかめると、アルは黙りこんでしまった。
「あなたはわたしをくびり殺そうとしたし、わたしに欲情していた。それは確かよ。あの時、あなたは最高に興奮していたもの」
でも、そんな気に病むことでもない。
昔のことだし、誰だって後ろ暗い想いを抱えることはあるはずだ。性的な妄想であれば、なおさらである。
執念深くなければ、嘘が上手でなければ、務まらない仕事だってあるのだ。
アルはセルフイメージが清潔過ぎるのだろう。
男なんて、どいつも同じ。嫌な臭いがするものだ。
わたしはとっくに慣れているけど。
「いいのよ。戦争中だったし、あの時はあの時よ。いまはどうなのかしら?」
「もちろん、あなたを守ります! 自分はその為に来たんです!」
「なら、それでいいわ。あの娘だってもういない。なにもかも終わったことでしょ?」
何故かアルはひどくショックを受けたようだ。
「ロ……ロゼはそれでいいのですか!? 自分を許してくれるのでしょうか……?」
「わたしにはこの先、頼りになる人が必要なの。あなたはわたしをずっと守ってくれるんでしょ?」
アルはうなずき、「はい、もちろんです」と答えた。
ようやく落ち着いたようだ。
軽く咳払いすると、彼は本題に戻った。
「マユハ・ノボリリがあなたとベルファスト特務技官に同行したと言ってましたね」
「ええ、そうよ」
「記録では予備の飛翔兵が搭乗したことになっていますが……」
「偽装よ、もちろん。新兵器の整備を担当していたハインズ班長にも口裏を合わせてもらったの」
「なるほど――なんだか楽しそうですね、ロゼ」
いけない。また、にやけてしまったか。
楽しそうだって? ああ、その通り。わたしはいま、楽しくてたまらない。
復讐の果実はいつだって甘美なものだから。
楽しくなるのは、これからよ。かわいいアル。
そろそろ昔話もクライマックスである。
最後の瞬間を想像するだけで胸がどきどきしてしまう。
できるだけ平静な口調を保ちつつ、わたしは証言を再開した。




