手遅れ
「――いやいや、待ってくれ。どうするんだよ、これ?」
呼びかけてきたのはフレイだった。
しまった、彼の存在自体をすっかり忘れていた。
「君達は勝手にすればいいさ。愛だのなんだの、僕には関係ない。マガツ協力者の摘発だって、どうでもいい。なんなら、僕が隠れ家を手配してもいいくらいだ。そこで好きなだけ仲良くすればいいよ。どうでもいいんだ、そんなのっ!!」
フレイは激怒していた。
いつもの余裕はすっかり消え失せている。
「だけど、これはどうするんだよっ!? ファレス中尉も作戦には必要なのに、これじゃ使い物にならないっ! どうするんだ、これどうするんだあああああーっ!?」
足を踏みならし、両手を振り回しつつ、フレイは絶叫した。
このオーバーアクションはベルファスト博士にそっくりだった。
血のつながりはなくとも、親子は似るものらしい。
「別にアルじゃなくても、飛翔兵の手配はつくでしょ。予備の操縦者だって準備してあるはずよ」
「いるにはいるが、君達ほどの呪力がないんだ。新兵器を確実に運用するには力不足なんだよ!!」
妙な話だ。アルの呪力は及第ぎりぎりで、施術の安定感も欠けていた。
彼でいいなら、大抵の飛翔兵は適合するはずだ。
わたしがそう言うと、フレイは逆に驚いた顔になってしまった。
「何故、そんな……ああ、そうか。君達には明かされていなかった。これだよ、ほら!」
フレイはうつ伏せに倒れていたアルの身体を転がした。
上向きになったアルの顔を見たとたん、わたしは息をのんでしまう。
「なに……これっ!? 彼、どうなっているの?」
「見たままだよ。ファレス中尉はずっと呪術をかけていたんだ。自分自身にね」
呪力による身体の変化。確かにこれもその一種だろう。
だけど、こんな固有能力を目にするのは初めてだ。
これは自己管制なんてレベルを超越している。
「この呪詛を常時行使していたのね。起きている間はもちろん、たぶん寝ている時も……」
「ああ、だから麻痺してやっと施術が解けた。そういうことなんだよ」
「なるほどね。それならいつも呪力は不足するし、施術も不安定になる。別々の呪詛を同時に使うんだもの、当然だわ」
わたしは納得するしかなかった。
むしろ、これでよく飛翔兵として務まったものだ。
アル、君は本当に嘘ばかりだったのね。
「呪力に関してはファレス中尉は君以上だった。こっちはそれをあてにしていたんだよ!! あああっ、それなのにぃ……っ!」
頭をかきしむった後、フレイははっとした顔になった。
「そ、そうだ、解毒だ! 解毒はできないのか!?」
「できるよ、わたしの毒だから。前にロゼにもしてあげた」
「ファレス中尉にもしてくれ、今すぐにっ!!」
迫るフレイに、マユハはにっこり笑い返す。
「んー、手遅れかな。たっぷり注入したし、もうすっかり身体に回っているから。数日は起きないよ、いまさら解毒しても」
「じょ、冗談じゃないっ!! もう、これどうするんだよっ!? どうにかしてくれよ、ボルド中佐っ!!」
わたしの服をつかみ、ぐいぐいと引っ張るフレイ。
完全にパニックに陥っている。普段偉そうな割に逆境に弱い。
こういうところは博士とは真逆の性格だった。
だけど、確かに極めてまずい事態だった。
新兵器が稼働できないなら、すべて終わりだ。
こんな形で敗北したら、ベルファスト博士も呆れ返るだろう。
わたしはフレイをなだめようとした。
いまの状態では打開策も立てようがない。
「だから、落ち着きなさいってば! とにかく、アルの穴を埋める人を探すしか――」
言いかけた時、連鎖が動き出すのを感じた。
わたしが願いをかなえる為にすべき、事象の連なり。
その、次の段階が。
「呪力があればいいんだよね?」
ぽそりとマユハがつぶやく。
願いがかなうよう、わたしは周囲のものに呪詛をかけてしまう。
わたしはそれを制御できない。
もしかして、これは――
「なら、わたしが行く。ロゼと一緒ならできる」
「な……っ?」
自分の顔から血の気が引くのがわかった。
彼女を戦場に? それはダメだ。絶対にダメだ。
「無理よ! 確かに君は治癒術が使えるけど――」
「ロゼ。ボーデンは、わたしがおびき寄せたんだよ」
この娘はなにを言っているのだ。
クルグスまではともかく、その先はただの偶然ではないか。
「違うよ。ボーデンが言ってたでしょ? 酒場で、別れ際に。おかしいと思わなかった?」
――ここに着いて早々に、頼りになる親戚と会えるなんてよ!!
確か、そう言っていた。
改めて考えてみると不自然ではある。
クルグスは15万人が住む大都市だった。
わたし達は普段、城壁外に住んでいて、買い物に出るのは週末だけだ。
おまけに駅前の公園は人でごった返していた。
なのに「着いて早々に」会えたのだ。
「偶然なんかじゃない。あの日公園に来るよう、わたしがボーデンに呼びかけて操作したの。だからすぐに会えたんだよ」
「待って――もしかして、時々わたしにも呼びかけていた?」
「うん。心配でつい……ロゼは呪詛への抵抗力が強いから、本当に呼びかけるくらいしかできなかったけど……」
信じられない。嘘でしょ。どうしてそんなことが。
否定的な台詞が頭の中を渦巻いたが、どれも口には出せなかった。
飛んでいる時、マユハはわたしに寄り添ってくれていたのか。
「どうやって相手を特定したの? 触媒もないのに」
「ボーデンとは血がつながっているから、どこにいるかは大体わかったし、近くにいれば操作もできる。クルグスへおびき寄せる方が大変だった。あいつ、馬鹿だからなかなか来てくれなくて。結局、一年もかかっちゃった」




