君がわたしと
マユハはうなずいた。
「そうだよ。あちこちに手がかりを残してやって、ボーデンをおびき寄せたの。早く、早く――早く、殺されに来て欲しかった」
ボーデンが怪我をした後、トノト村に帰ったのは、偶然だ。
それがなければ、果樹園の売却にも気づかなかったはずだ。
おまけにクルグスは15万もの人々が暮らしていた。
土地勘もないボーデンがマユハを探し当てるのは容易ではない。
駅前の公園で出会えたのは、極めて幸運だったのだ。
「ロゼがあいつと会った日、わたしもあの酒場にいたんだよ」
「じゃあ、わたしがボーデンと別れた後……」
「あいつに声をかけて、誘った。わたしからね」
ボーデンはろくに警戒せず、マユハについて来た。
村にいた頃、彼女に対する絶対的な支配権を持っていたからだ。また抱けるとでも思ったのかも知れない。
橋のところまで行くと、マユハはボーデンに麻痺毒を打ちこんだ。
麻痺した彼は河へ転落し、溺死した。
マユハが館に戻ったのは、わたしの帰宅寸前だったらしい。
「夕ご飯は先に作ってあったの。ロゼに嘘はつきたくなかったけど、仕方なかった」
マガツに殺させたのではない。
周到な準備をして、彼女自身が直接手を下したのだ。
殺意は否定しようもなかった。
「だからね、ほら……ダメでしょ? わたしは――」
「いいえ」
わずかな戸惑いの後、マユハは乾いた笑いを浮かべた。
「わたしの話、聞いていた?」
「もちろんよ」
「わたしは父親と叔父を殺させた。村のみんなも巻き添えにした。全員、殺されてしまった」
「そうね」
「わたしがマガツに送った情報のせいで、もっと大勢死んだ。ロゼの仲間も、全然知らない人達も」
「そうかも知れないわ」
「だったら、ダメでしょ? ダメだよ。わたしは、赦されない……っ!!」
声をうわずらせ、瞳を潤ませるマユハ。
「君の言うことは正しいわ。でも、それは関係ない」
「だ、だって――」
「マユハ。わたしは君を救ってあげることはできない」
わたしが君を赦しても、君の心は救われない。
君がわたしを救えないように。
「ただ、一緒にいることはできる。だからそうする。そうしたいの。ずっと一緒にいるわ、君と」
わたし達は生きている限り苦しむだろう。
忘れようにも受けた傷は深すぎて、犯した罪は重すぎた。
あまりに多くの死に関わってしまったのだ。
どうやってもあがなうことはできない。
「だ、だって、ロゼはわたしと行くことはできないって……」
「そうよ。わたしは君と行かない。君ががわたしと来るのよ」
彼女を引き寄せ、ふわりと抱き締めた。
わたし達は、もう決して離ればなれにはならない。
「わたしがマガツを滅ぼしてくるまで待っていて。終わったら、一緒にこの国を出ましょう」
敵の協力者として裁かれれば、マユハは処刑されるだろう。
それは到底許容できない。
どれほど重い罪があろうと関係ない。マユハに手を差し伸べなかった社会がこの娘を罰することは許さない。
彼女をかばうことでわたしも売国奴と呼ばれるなら、勝手にするがいい。
わたしはすべきこと、したいことをするだけだ。
もしわたしを正そうとするなら、相応の覚悟をしてもらう。
これがわたしなりの宿題の答えだった。
「そんな、本当にいいの? わ、わたしは……まともな人間じゃない。悪い子なのにっ!」
「いいも悪いもないわ。君は君のままよ。わたしにとっては何も変わらない」
「ロゼにもずっと秘密にして、だましていたのに……っ!?」
「いいのよ。君と生きることだけが、わたしの望みなの」
「どうして……なんで、そこまでしてくれるの……」
「君を愛しているからよ。知らなかった?」
「し、知ってた……知ってる。知ってるよ、そんなのっ!!」
すがりつき、震えるマユハの背をわたしは優しく撫でてやった。
ああ、やっと取り戻せた。
少なくともここまでは間違えなかった。
唐突にわたしは確信した。
わたしの望みはかなうだろう。
いまだに続く因果の連鎖の果てに、それはあるはずだ。
たどり着けたとしても、わたし達は多くを支払うことになる。
根拠はない。ただ、揺るがしがたい確信があった。
わたし達はたくさんのものを失う。願いの代償は大きい。とても、大きい。
割に合わない取引になるかも知れない。
納得できる結果になるかは、わからない。
でも、わたし達が共につかめる未来は恐らくこれしかないのだ。
「だから、一緒に来て。悪いけど、文句はなしよ。わたし達は結婚しているんだから」
泣きべそをかいているマユハにわたしはキスをした。
彼女がもうどこにも行かないように。わたしの愛で魂を縛る為に。
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