許しがたい過去
「ええ、そうね」
うなずいて、わたしは改めてマユハの様子を確認した。
服は薄汚れ、髪もぼさぼさだった。
ただでさえ細いのに、少し痩せたみたいだ。
顔はひどく青ざめ、憔悴している。
もちろん、肩を怪我したせいだけではないだろう。
彼女も秘め事をさらす羽目になったからだ。
わたしに拒否されたと思っているからだ。
「あなたはわたしと来てくれない。なら……わたしを殺して。わたしはもう、一人では生きていたくない」
懇願するようにマユハはわたしの手を強く握った。
「できるよね? わたしは、マユハ・ノボリリは半分マガツなんだから」
「できるわけがないわ。わたしは、マユハ・ノボリリを愛しているのよ」
彼女の目をしっかり見据え、断言する。
「わたしは君と逃げない。もちろん、君を殺さない。他の誰にも渡さない。わたしは君が大好きなの。マユハのぜんぶがね」
この娘を糾弾し、傷つける者は許さない。
マガツの協力者? 裏切り者? だからなんだ。マユハはマユハだ。
わたしの愛するたった一人の女性なのだ。
けれども、マユハは首を振った。
「ダメだよ、ロゼ。わたしは」消え入るような声で「人を殺しているの」
わたしはすんなりとその言葉を受けとめた。
驚きはなかった。やっぱりそうなのか、と思っただけだ。
「マガツが君の願いをかなえた。奴らなりのやり方で、君を地獄から解放した。そうなのね?」
かすかに首肯するマユハ。
敵の協力者になるからには、相応の見返りがいる。
マガツは支払いをしっかり済ませたわけだ。
ただ一つ、確認したいことがあった。
彼女がノボリリ家唯一の生き残りとされたのは、居間に残された死体の数が合っていたからだ。
すなわち父親と、もう一人――ボーデンではない、誰かがいたはずだ。
「あれは警務署長。奥さんの目を盗んで、昼によく来た。わざわざ私服に着替えてね」
「……そうだったのね。ごめんね、もう言わなくていいから」
「あいつ、いつもわたしを罵るの。淫売とか、本当は嬉しいんだろうとか……臭くて、べたべたして、嫌な奴だった。とにかく嫌だった。触られたくなかった。ぜんぶ嫌で、嫌で、たまらなかったのっ!!」
「マユハ、もう――」
彼女は止まらなかった。
わなわなと唇を震わせ、吐き捨てる。
「お父さんだって、助けてもくれない。それどころか、奴らと酒を飲むことさえあった。どういうこと? お父さんはあいつらの友達なの? わ、わたしを……喰いモノにしている奴らと仲良くやるなんて、あり得ないよね……っ? どういうことなのっ!?」
激烈な怒りをこめて、マユハは叫ぶ。
「死ねばいいんだっ!! あんな奴ら、誰一人生きている価値なんかないっ!! だから、そうしてやった。殺してやったのよ!!」
彼女の目にわたしは映っていなかった。
許しがたい過去を、果てしなく続いた地獄の日々を見ているのだ。
「マガツが……あの子達が窓を破って入って来た時の、奴らの顔ときたらなかった。腰をぬかして、悲鳴を上げて……助けてくれ、だって。助けてくれ? お笑いだよね。助けてくれ? お前らが、わたしに言うの? もちろん、わたしは助けなかった」
胸が押し潰されそうで、つらい。
わたしはたまらない気持ちになった。
それでも、ただ黙って聞いていた。
聞くしかなかった。
「お父さんはわたしを悪魔だって怒鳴ったの。すごいよね。わたしは淫売で悪魔なんだ。じゃあ、お父さんはなに? 糞にむらがる蛆かしら。愚かで、鈍くて、どうしようもないひと。もう見るだけで嫌だった」
聞くんだ。
きっとこれを言わなければ、彼女は本当に壊れてしまう。
きっとこれを聞かせたいのだ。
「だからバラバラにしてもらったの。できるだけ、ゆっくり。できるだけ、細かく。できるだけ、痛いように。すっかり終わって、ほっとした。これであいつらに触られることはない。嬉しかったわ、とても」
わたしはマユハの苦しみを知る必要がある。
そうでなければ、隣にいてもいないのと同じになってしまう。
だから聞かなくては。
「他のマガツ達は村を取り囲んで、みんなを殺していた。わたしは……なんとも思わなかった。なんにも感じなかったの」
マユハを陵辱した者、揶揄した者、無関心あるいは無関係だった者。
特に区別もせず、マガツは村民を殺戮した。
村は全滅し、ことの真相を知るのはマユハだけとなった。
「でもボーデンだけ、殺し損ねた。そんなの不公平だよね。あいつがはじめたことなんだから」
「じゃあ、果樹園を勝手に売ったのは、わざとなのね?」




