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麻痺毒

 2階の廊下には扉が4つあった。

 主寝室らしき部屋に入ると、どきりとした。窓際に誰かが立っている。

 

「――来た」

 

 か細い声。

 そこにいたのは、まだ年若い少女だった。

 わたしよりも3つ4つ、年下だろうか。

 

 とても綺麗な娘だった。奇跡のように綺麗だ――と思った。

 

 少女は薄汚れた農作業服をまとっている。

 わたしは構えていた銃を下ろし、彼女の前へ歩み寄った。

 

「君、ここの()ね?」小声でたずねる。


「……」

 

 返答はない。

 彼女はわたしの方を向いているが、どうも目の焦点が合っていないようだ。

 精神的なショックで惑乱しているのだろうか?

 1階の惨状を目の当たりにしたのであれば、無理もない。

 あれは彼女の家族なのだろうから。


「しっかりして。わたしは味方よ。どこか怪我でも――」


 彼女の肩に手を伸ばしかけ、その瞳が少し動いていることに気づく。

 まるで移動する物体を追うように。

 

 この娘は――わたしの後ろの()()かを見ている!

 

 慌てて振り向く。

 敵の斥候タイプ――“パラライズワーム”が扉から入って来たところだった。

 びっしり生えた足を音もなく動かし、するすると接近して来る。

 

 パラライズワームの体長は2mほど。

 ぶよぶよした胴回りは一抱えほどもある。

 体表には肉腫が浮き出ており、蓬髪じみた毛が生えていた。

 

 見る者の怖じ気を誘うような姿だ。

 

 パラライズワームは尖った触手を鞭のように振り回している。

 あれに刺されると即効性の麻痺毒を喰らってしまう。

 

 本能的に後退しようとして、踏みとどまった。

 

 わたしは兵士だ。

 わたしの後ろには民間人の少女がいる。

 敵を倒さず、彼女を見捨てては逃げられない!


 わたしは逆に前方へ飛び込んだ。

 

 踏み出した足が床を踏む寸前、強烈な閃光に襲われる。

 パラライズワームが目眩ましの魔術を放ったのだ。

 

 護符が一枚焼き切れ、わたしの眼の身代わりとなった。下手すれば失明していたところだ。

 

 姑息な真似をしてくれるっ!

 わたしは際どく触手をかわし、奴の背に馬乗りになった。

 銃剣を振り上げ、力一杯に突き刺す。

 突き抜けた剣先が床に食いこむ。パラライズワームは標本のように串刺しになった。

 

 よし、これで――

 

 どんっ、と後ろから右肩を殴られような衝撃。

 にぶい痛み――恐ろしい勢いで痺れがまわり出す。

 触手に刺されたのだ。

 

 10秒以内に動けなくなる!

 

「くたばれ、クソ蟲っ!!」

 

 目一杯、呪力を叩きこむ。

 銃剣に刻まれた術紋が活性化し、免疫系を暴走させる呪詛が放たれた。

 苦悶に身をよじり、パラライズワームは絶命した。


「――ざまあ、みな、さい……」


 息が苦しくなってきた。

 どろりとした汁がパラライズワームの身体からにじみ出ている。

 すこし、服にもかかったようだ。

 嫌な臭いだった。

 

 わたしは兵士だけど、歩兵じゃない。戦うなら、やっぱり空が向いている。

 

 ふらつきながら立ち上がった。

 徐々に呼吸が浅く、速くなっていく。麻痺毒のせいだ。


「クソ蟲?」


 少女は眉をひそめている。

 澄んだ瞳には、わずかに非難の色が浮かんでいるようだ。

 わたしはどうにか苦笑いを返した。


「失礼、お嬢さん。仲間の口の悪さが、移ってしまったみたい、ね……」


 少女はゆっくりと首を振った。

 ふんわりした金髪が光を弾いて揺れる。

 まるで夢のように美しい。


「別にいい。向こうはあなたの言葉はわからない。気を悪くしたりはしないはず」


 麻痺が全身に広がった。

 ごとん、と床が鳴る。小銃を取り落としてしまったらしい。

 ゆっくりと景色が傾ぐ。わたしは転倒した。

 かなりの勢いで身体を打ちつけたはずだが、もう感覚がない。

 

 少女はひざまづき、顔を寄せてわたしをのぞきこむ。

 

 首元から伸びてきた痺れが頭の先まで達した。

 戦うどころではない。指一本、動かせなかった。

 

 斥候タイプは基本的に単体では行動しない。

 必ず仲間が近くにいるはずだ。ここに留まるのは危険だ。

 

「ひ、え、あ……」

 

 逃げなさい、と告げたいのに呂律がまわらなかった。

 自分の舌が何倍にも膨れているような気がする。

 喉も塞がっているような感じで、呼吸がしにくい。

 

 少女はただ静かにわたしに視線を据えていた。

 

 警告されなくても、今の状況はわかるはずだ。

 なのに、何故立ち去ってくれないのか。

 さっさと逃げてくれないと、こちらが困るのに。

 

 あろうことか、少女はおもむろに床に座りこむ。

 さらにわたしの頭を持ち上げると、ひざまくらをはじめた。

 

「これは特別サービス。本来は別料金のオプション」


 知らないわよ、オプションとか。

 少女の言葉には抑揚と感情が欠けており、ぽそぽそとまるで他人事のような話し方をする。

 

「しかも予約制。先着1名、超人気」


 なにこの妙なノリ? いや、そんな話はどうでもいい。

 

 早く逃げてくれないとまずい。

 悠長に構えている場合じゃないのだ。

 敵がこの娘を見逃すわけがない。

 守るべき相手がバラバラに刻まれるところなど、見たくはないのに。

 

 お願いだから立ち上がって、急いで逃げなさい! 今すぐに!!

 

 必死でもがいても、口から出るのはくぐもった呻きだけ。

 わたしは幼子のように無力だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロインキタッ!!! しかも良い意味で一癖ありそうな感じッ!! これは期待出来るぜッ!!w
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