明らかな殺意
弾かれたようにアルは素早く動いた。
トロッコから飛び出し、倒れている護衛の隊長から小銃を奪い取る。
「――動くなっ!!」
小銃を構え、アルは叫んだ。
安全装置は解除ずみで、引き金に指がかかっていた。
なによりも、彼には明らかな殺意があった。
「やめろ、ファレス中尉! 銃を下ろせっ!」
命じても銃口は小揺るぎもしなかった。
「なぜでしょうか? あれもマガツの協力者ですよね?」
アルは己の正しさを確信しているのだろう。
くそっ、冗談じゃない。
「わたしが話すわ! これはわたし達の問題なのよっ!!」
「いいえ、ボルド中佐。これは人類の問題だ。我々は戦争をしているんです」
「まって、言いたいことはわかるけど――」
「失礼ですが、中佐はいま兵士としてなすべきことから逸脱しているように思えます。従うことはできません」
「あなた、ええと……アル? あなたはアルって名前だったよね?」
のんびりした呼びかけ。マユハは穏やかに笑っている。
ぴたりと狙いをつけている小銃が目に入らないかのような態度だ。
「おや? ご自宅にもお邪魔しましたし、何度も楽しくお話したはずですよ。
実は名前すらうろ覚えだったとはさびしいですね、マユハさん」
「ごめーん。男はどうでもいいから、わたし。お喋りしたのは、情報が欲しかっただけだし」
「……やはり、マガツの協力者としての活動だったわけですね。いいネタは拾えましたか?」
「あなたからは全然だったよー。しみったれだよね、アルは。というか、あなたさ――」
マユハはアルをねめつけた。
信じられないほど剣呑な目つきだった。
「誰に断って、わたし達の間に割りこんでいるの?」
あからさまな恫喝の響き。
だが、アルはひるまなかった。
「許可でも取れと? 売国奴のくせにあつかましい要求をするものですね」
「あつかましいのはあなたでしょ。邪魔するなら、容赦しないよ」
ぴんと空気が張り詰めた。
気温すら低下したように感じる。
「中佐、撃ちます」
「まちなさいっ! マユハは民間人だし、協力者の件はまだ疑いにすぎないわ。撃てば君の方がまずいことになるわよ!」
「緊急対応ですよ。あれは危険です。ここで処分します」
言って、アルは引き金を絞った。
閉鎖空間での発砲は耳を聾する轟音となった。
肩を蹴られたようにマユハは半回転し、のけぞって倒れた。
こいつ、本当に撃ちやがった……マユハをっ!!
激烈な怒りにかられ、わたしはアルに飛びかかった。
とにかく小銃を奪おうとしたが、単純な膂力では彼にかなわない。
わたしは全力で銃を引っ張った後、ぱっと手を離した。
不意を突かれ、たたらを踏むアルの腹に思い切り、蹴りを叩きこむ。
「がっ!!」
アルは地面に転がり、わたしは小銃を投げ捨てた。
立ち上がったアルの肩越しに、ちらりとマユハの姿が見えた。
ぴくりとも動かない。
いや、かすかに身じろぎした。マユハはまだ生きているのだ!
「動いちゃダメよ、マユハ!! じっとしててっ!!」
わたしは思わず叫び、足を止めてしまった。
機を逃さず、アルは反撃に転じた。
両手両足を駆使した、凄まじい速度と精度の連続攻撃。
わたしはたちまち追い込まれてしまった。
かわしきれず体勢を崩した途端、服をつかまれ――次の瞬間、宙を舞っていた。投げられたのだ。
強いっ! なんなのこの強さ……っ!?
身体をひねり、どうにか受身をとる。
身を起こしたところへ追い打ちの蹴りがきた。
飛び下がって回避。
仕切り直して体勢を……ダメだ、そんな暇はない。
アルの踏み込みが早すぎる! これじゃ、ろくに間合いが取れない!!
飛翔軍でも格闘術の訓練は行う。
わたしはかなり得意な方だったが、彼の練度は桁違いだ。
反撃の糸口がまるでつかめない。
早くマユハのところへ行かなくてはならないのにっ!!
焦燥が身を焼き、わたしは歯噛みするしかなかった。
一方、アルは落ち着き払っている。
「無駄です、中佐。あなたは自分には勝てませんよ。弱いですから」
アルは薄っすらと笑っている。
笑いながら、休みなく攻めてきた。
「技も甘いし、動きも遅い。なにより経験が足りません」
側頭部を殴られ、意識が飛びかける。
殴り返そうとするが、もう脚に力が入らない。
アルの攻撃には一切の容赦がなかった。
「なにより女は、素手では男にはかなわないものです。ほら」
強烈な平手打ち。
眼の奥に火花が散り、耳鳴りがした。
「ほら、どうです? ダメでしょう、もう」
さらに数発殴られ、とうとうわたしは膝をついてしまう。
後ろに回りこみ、アルはわたしの右腕を背中へねじり上げた。
抵抗したが、振りほどけない。
「暴れないでください。いや、あなたの性格では無理ですね。仕方ない」
抑えこまれた腕が軋んでいる。
みしみし、みしみし――ぱきんっ。小枝を折るような乾いた音がした。
「あぐ……っ!!」
「ほら、右腕が折れましたよ。まだやりますか?」
痛みが跳ね、脂汗がどっとふき出す。
ここまで傍観していたフレイが、うろたえきった声を上げた。
「お、おい、何をしているんだっ!! ロゼ・ボルドがいなければ、新兵器の運用ができなくなるんだぞ!!」
「――黙っていろ、出来損ないの人形め。ちゃんと手加減はしている。死んだり重体に陥ったりしなければ、使用に支障はないはずだ」
なんだ、いまの言い草は。
もしかしてアルは新兵器の詳細を知っているのだろうか。
いや、いまはそんなことはどうでもいい。
「お願い、アル。マユハの手当てを……あっ!!」
いきなり足を払われ、わたしは転倒した。
のしかかってくるアルを跳ね除けようとしたが、頬を張り飛ばされた。
骨折箇所を強く握られ、抵抗は潰えてしまう。
悲鳴を飲みこむのが精一杯だった。
「本当にしかたのない人ですね。そんなに彼女が大事ですか?」