わたしの生き方
「なんだよ?」
馬鹿にされたと思ったのか、フレイはむっとした表情になった。
わたしが君に同情を覚えることになるなんて、思いもしなかったのよ。
とは言えないか。よけいに怒らせてしまう。
「わたしから聞いても仕方がないわ。君は博士と直接、話すべきよ」
「……それは経験からくるアドバイス?」
「かもね。伝えたいこと、知りたいことはなんでも言った方がいい。なんなら、わたしが一緒に――」
「素晴らしいご提案だけど、不可能だ」フレイは首を振って「父は死んだよ。昨夜、遅くに」
「え……っ!?」
絶句するしかなかった。
死んだ? あのベルファスト博士が、こんなに呆気なく。
本当に――逝ってしまったのか。
「老化の終末段階だったからね。最後は一時間で数年分老けるような状態だった」
ずずん、と頭上から重苦しい響きと振動が伝わってくる。
音は連続的に轟き、なかなか途切れない。マガツの爆撃だろう。
連中の攻撃は激しさを増しているようだ。
突然、前方の天井が崩落した。
「――止めろっ!!」
フレイの叫びと急ブレーキはほぼ同時だった。
トロッコはレールに火花を散らしつつ、ぎりぎりで停車した。
目前のレールには瓦礫が散乱している。激突したら脱線してひっくり返っていただろう。
天井には穴が空いているが、地上が見えたりはしない。
貫通したのではなく、衝撃で崩れただけのようだ。
運転手は冷や汗をかいて固まっている。
横に座っていた護衛の隊長がトロッコを降りた。
「全員、そこで待機! 周囲を警戒しろ!!」
隊長は小銃を腰だめに構える。
トロッコの前まで進み、様子を確認しているようだ。
「特務技官、レール自体は無事のようです。バクスマン、キース、瓦礫をどかせ。ガルド、お前は後方を――」
言いながら振り返った隊長の顔が驚きにゆがむ。
わたしも背後を見ると、後ろの席にいた三人の護衛の姿が消えていた。
なんだこれは?
彼らはどこに行ってしまったのだ?
勢いよく、フレイが立ち上がる。
「くそっ、ここはまずい!! おい、戻れっ!!」
こちらへ駆け出そうとした瞬間、隊長はばったりと倒れた。
そのままぴくりとも動かない。まるでいきなり全身が麻痺したかのように。
よく見れば、彼の背には小さな血のしみがあった。
「――ひいいいっ、マガツだっ!! マガツが出やがったーっ!!」
飛び降りると、運転手はもと来た方向へ駆け出してしまった。
あっという間に彼の姿は闇に飲まれ――どさりとなにかが地面に落ちるような音がした。
アルが素早く運転席に滑り込む。
「中佐、自分もこれは動かせます。ここは離脱を!」
「いえ、ちょっとまって」
周囲をぐるりと見回す。
暗闇は親密な沈黙でわたしを包んでいた。
「――マユハ? マユハでしょ? 出てきてもらえるかしら」
驚いたことに、応答は前方から返ってきた。
「ロゼ、ひどーい。ネタばれダメ、ぜったい」
通路の奥からゆっくりとマユハが現れる。
探照灯が作る光の輪の中まで進み出ると、マユハは止まった。
「あれが、マユハ・ノボリリ? なんだ、これは……っ!?」
フレイは青ざめ、眼を見開いていた。
わたしはできるだけ静かに問いかけた。
「マユハ、護衛の人達と運転手は?」
「寝てる」
「死んでないのね?」
「うん」
よかった。
安堵のあまり、脱力しかけてしまう。
「もし、殺していたら」マユハは微笑みながら「許してくれなかった?」
「いいえ」
悩むような問いではない。
わたしなんかよりも、この娘はだいぶましなやり方をしている。
一瞬、マユハは泣き笑いのような表情になった。
「でも、君が彼らを殺していたら、とてもつらかったと思うわ。だから、殺さないでくれてよかった」
マユハは手で胸を押さえ、絞り出すように言葉をつむいでいく。
「ね、ロゼ。――決めて、くれた?」
マユハからのお願いごと。
わたしの宿題だ。
「ええ、決めたわ」
「そう……ごめんなさい」
「いいのよ。確かに、はっきりさせなきゃいけないことだった。わたしは兵士で、君の配偶者でもあるんだから」
マユハは身体をこわばらせた。
すっと表情を消し、上目遣いにわたしを見据える。
「ロゼ。わたしと一緒に来てくれる?」
「いいえ」
ゆっくりと首を振る。
「わたしはわたしの過去を裏切れない。君と一緒に逃げることはできない。それはわたしの生き方じゃないわ」
「ああ――」
深く、息を吐くマユハ。
「だよね。そうだよね。わかってたんだ、わたし……ロゼはロゼだもん。無理矢理、変えちゃダメなんだって」
蒼白な頬を引きつらせ、マユハはつぶやいた。
「でも、どうしてもお願いしたかったの。どうしても、言いたかった。ロゼなら、きっと断ってくれるって思ってたから」
「マユハ、わたしは……」
「やっぱり、ロゼはロゼだった。わたしの愛するあなた。あなたは、あなたをずっと好きでいられるよ。そう信じられる」
ぼろぼろと落涙し、マユハは安堵の微笑みを浮かべた。
本当に嬉しそうに。心底、絶望して。
「だから、大丈夫だよね? ロゼはわたしを見捨てたりしない。わたしから逃げ出したりしない。ちゃんとわたしを――殺してくれるよね?」