打ち明け話
わたしは戸惑ってしまった。
フレイの気持ちはともかく、聞く相手を間違えていないだろうか。。
「――どうかしらね。ベルファスト博士の性格じゃ、家族や恋人にだって打ち明け話なんかしないんじゃない?」
「かもね。君は別のようだけど……」
いやいや、まってよ。
わたしと博士は嫉妬されるような間柄ではないはずだ。
あれはマガツにまつわる内容で、つまりは仕事の範疇だった。
だが、フレイは納得しなかった。
「いいや、違う」かたくなに「わざわざ、君だけを呼んだんだ。父にとっては、きっと意味があった」
そう言われてもこちらには実感もなければ、たいして話すこともない。
博士とわたしの会話自体、全部まとめても二、三時間程度のはずだ。
わたしはかける言葉に困ってしまった。
「うーん……博士本人は、わたしに期待しているのは呪力だけだって言ってたわよ」
「ほら、それが特別なんだよ! 父が他人に期待するなんて!!」
フレイはいらだち、もはや歯がみしかねない有様だ。
「無理もないけどね。君の固有技能のおかげで父の研究が飛躍的に進んだんだから」
「わたしはなにもしていないけど……」
いや、待てよ。
操縦者が機上で行なったことは、フレイヤ経由で博士に筒抜けだったはずだ。
結果、わたし本人さえ預かり知らぬ情報をつかんだのか。
「君の“因果の連鎖”だよ。あれは呪詛の類いだと自覚しているかい?」
「えっ、違うわよ。わたしの固有能力は少し先の事象の連なりが見える――正確には予想しているだけよ」
自分の行動をきっかけにいくつかのことが発生し、最終的な結果が得られる。
わたしはわたしに実現可能な選択肢の中から、望ましい結果を得られるものを選んでいるにすぎない。
だから、わたしの身近なこと、わたしの手の届くことしか、見えない。
精度を別にすれば、誰でも未来予測は可能だ。
因果の連鎖は未来予測の精度を瞬間的に高めるもの――つまり、自己強化の一種のはずだ。
「いいや、違うね。君は望ましい結果を実現させているんだよ」
そんなはずはない。
もし、出来事が予想した通りに連なったのではないとすれば。
わたしが周囲を都合よく操っていることになるじゃないか。
「まさにそれさ。ロサイル大空襲では、君は重爆撃タイプを操作したんだよ」
「まってよ、わたしにはそんな覚えはないわ!!」
願いがかなうように無意識下で他者を操っている……まして、マガツを?
およそ実感がない。
「よく考えて欲しいね。重爆撃タイプの生体炉は外部からは目視できない。おまけに猛スピードで降下中、エネルギー探査装置もPLSもない状況だった。中核にある生体炉を狙って術槍をあてることなんて、できるわけがない」
変化の強要が呪詛の本質ではある。
重爆撃タイプはみずから槍にあたりにいったのか――わたしの呪いによって、そう操られた?
いや、そんな馬鹿な。
この場合、槍は感染モードの呪物としては使えない。
かける呪いの内容が槍に刻まれた術紋とまったく異なるからだ。
「あり得ないわ、呪物がないじゃない! 媒介式なのであれば、対象とわたしをつなぐ触媒が必要よ」
わたしは重爆撃タイプの触媒なぞ、持ち合わせていない。
そう、チプスの時もだ。わたしは彼の血液なんて所持していなかった。
呪力は万能ではない。
呪物も触媒もないなら、自己強化くらいしかできないはずだ。
「だから、それなんだよ、ロゼ・ボルド。呪物はある。君は自分の身体を一時的に呪物に変化させているんだよ!!」
この呪いは強い願いで発動する。
わたしの周囲にいる者は、わたしの願いをかなえる為に動く。
いや、動かされてしまうのか。まったく無自覚に。
「推測だけど、意思をねじ曲げることまではできないだろう。やりたくないこと、複雑なことまでは強要できない。滅多に能力の発動条件が整わないのはそのせいさ」
対象を特定せず、近寄った者を無差別に呪う。
呪った対象に侵入し、能力と可能な行動を問答無用でのぞき見る。
つまりそれは――呪槍の感染モードと同じではないか?
「その通りさ。父はある程度、感染モードの原理を解明していたんだ。ただ因果の連鎖を直に計測できたことが、原理を実用化する突破口になった。君から得られた情報がなければ、新兵器の開発も間に合わなかった」
にわかには信じがたい話だ。
もし本当なら、博士がわたしを特別視しているというフレイの言葉にも、多少の信憑性が出てきそうだ。
マガツを滅ぼせる新兵器があってこそ、博士のかしこさは担保される。
彼の後半生は、ファウンダーより自分が優れていることを証明する為にあったのだから。
「やっとわかったかい? 父の言う通り、君は頭が悪いようだね」
フレイはそっぽを向き、視線を合わせようとしない。
かみ締めた唇から滲むのは、怒り? 悲しみだろうか。
いや、そんなに単純でもあるまい。簡単に名前のつけられる感情ではないはずだ。
正体がつかめないからこそ、自分でも持て余してしまう。
いっそ博士を無視できればいいのだろうが、フレイには無理そうだ。
我知らず、わたしはため息をついてしまった。




