目隠し状態
わたし達は機走式のトロッコに乗り、地下通路を進んでいた。
前方へ伸びる二本のレールが、闇の中へ消えていく。
探照灯は点いているが、遠くまでは照らせない。
「すごい通路ですね……まるで鉱山の坑道だ。ここが王都とはとても思えませんよ」
レールの幅は地上の汽車より狭く、あまり速度は出ない。
この通路は王都の地下に、まるで迷宮のように張り巡らされているらしい。
統合指揮壕にも接続されており、おかげでわたし達は安全に移動できる。
「確かにね。古代遺跡をそのまま利用している部分もあるらしいわ」
「中佐は以前もここを使ったことが?」
「まさか、わたしもはじめてよ」
通路の全容は重要機密だ。
立ち入りも制限されており、ほとんどの軍民はこの地下通路を見たことがない。
しかし実際のところは暗くて湿っぽくて、辛気くさいだけの場所だ。
景色を楽しめるわけでもないし、座席も狭くて硬い。
軍事的な重要性は理解しているが、わたしは閉口していた。
「まあ、定期券でももらえれば便利かもね」
「ははは、そうですね! ここなら空襲を避けられますし、涼しくて快適です」
何故かアルは浮かれ気味のようだ。
男の子ってこういう場所が好きなのだろうか。
一方、運転手を含め、他の同乗者――フレイと四人の護衛達――は、誰も口を開かない。
統合指揮壕を出てから、もう10分以上はたっている。
例によってまともな説明はない。どこに向かっているのかさえ、わからない。
半ば無駄と思いつつ、わたしはフレイに説明を求めた。
「ああ……射出施設へ行くんだよ。新兵器は滑走路から飛び立つのではなく、射出口から打ち上げられる」
フレイがちゃんと答えたので、わたしは驚いた。
それにしても打ち上げとは。
以前、班長が言っていた「マジで革新的な代物」というわけか。
「へぇ。やっと見学させてもらえるってわけね?」
「いや、違うよ。出撃だ」
わたしはアルと顔を見合わせた。
「――出撃? 冗談でしょ?」
「本当だよ。射出施設で準備が出来次第、出撃だ」
「ちょっと待って、いくらなんでもそれは無茶よ!!」
「防衛線が保たない。早晩、マガツが市内になだれ込む。もう時間がないんだよ」
確かにそうかも知れない。
戦況はこれ以上ないほどに逼迫している。戦線の崩壊は目前なのだ。
「しかし、自分達は任務の内容すら把握していません! まったくの目隠し状態では出撃できませんよ!!」
強い調子で反駁するアル。
フレイはうっとうしそうに手を振った。
「授章式の後、話しただろ。君達は、ただいればいい。新兵器の座席に収まっているだけでいいんだよ」
「ですが、ベルファスト特務技官――」
「これは正式な命令だ。なんなら、無理やりにでも納得がいくようにしてあげようか?」
やむなく、アルは引き下がった。軍人は命令には絶対服従なのだ。
ましてフレイは強力な枷を持っている。
血液を触媒にした呪術を使われたら、長くは抵抗できない。
心を冒され、意思を塗り替えられてしまう。
結局、フレイも汎人を道具としてしか見ていないのだ。
悪いところばかり、親に似たものね。
どうやらわたし達は「いるだけ」でいい、とフレイは本気で思っている。
作戦の成否は彼が握っているわけだ。実戦経験のない、彼だけが。
冗談ではない。これはまさにすべてを賭けた最後の一手なのだ。フレイだけには任せられない。
ベルファスト博士だって、すべてを見通すことはできなかった。
マガツの損害をかえりみない戦力投入や上陸作戦の強行は、博士の想定外だった。
我々がここまで追い詰められたのは、そのせいでもあるのだ。
間違いなく、この先も予想外の障害が立ちはだかるはずだ。
マガツ……いや、ファウンダーは甘い相手ではない。
作戦に参加する者すべてが、力を合わせなくては打倒できない。
しかし、それをフレイにどう伝えたものか。
いきなり出撃ではすり合わせをする猶予もない。
わたしが考えをめぐらせていると、
「――ところで、ボルド中佐。昨日は父となにを話した?」
唐突にフレイは話題を変えてきた。
なんなのだろう、いきなり。
「別になんてことのない、昔話よ。博士が南方大陸にいた時のこととか……」
「マガツを発見した頃のことか。父は……どんな様子だった?」
妙に食いついてくるな。
不審げな顔になってしまったのか、フレイは弁解するように
「父と個人的な話はしたことがないんだ。僕らは本当の親子ではないからね」
「えっ? そ、それは、まあ……」
「意外じゃないだろ。見ての通り、僕は精霊種じゃない。
汎人を模した造り物の身体に人工精霊の意識を移植した、擬似生命体さ」
確かにそれは半ば予想通りのことだった。
もともとフレイはフレイヤの後継機で――つまりは魔術装置だったそうだ。
肉体を得たのはマガツが上陸する直前だったらしい。
できあがったのは汎人によく似た、しかし汎人ではないなにかだ。
「僕は研究の成果物で、必要な機能を組み込まれた装置だ。彼の息子じゃない」
膝に載せた鞄――封印を施した術具入れのようだ――をフレイはつかむ。
関節が白くなるほど、強く。
「……恨んでいるわけ? ベルファスト博士を」
「恨み? 僕は汎人でもない。君らの真似をしたって無意味だ。装置は役割を果たすだけさ」
フレイの言い様はきっぱりとしすぎていた。
ベルファスト博士が彼をどのように扱ってきたか、わかる気がした。
きっと悪意はなかっただろう。しかしフレイが真に欲したものは与えなかった。
いや、与えようにも恐らく博士には持ち合わせがなかったのだ。
どこかで聞いたような話だった。
「知りたいんだ。父が本当はどんな人間だったのかを」




