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無数の死骸

 巨大なイキモノがわたしの前に立っていた。

 それは異様で、恐ろしく美しかった。

 

 マガツのファウンダー。

 

 つやつやした清潔な甲皮で身を包み。

 頭部に点在する虹色の複眼に、深い知性をたたえ。

 ふっくらした巨大な腹部を慈愛で満たし。

 ぴんとした触覚に誇りをみなぎらせて。


 ずらりと生えた脚部が――無数の死骸を踏みしめていた。


 死体を積み上げて作った巨大な山。

 その頂上にファウンダーは君臨しているのだ。

 裾野は遠くかすみ、どれだけ高いのかさえ判然としない。

 大人も子供も老人なく、男も女も一緒くたに、おびただしい人が死んでいた。

 彼らが流した血と臓物でファウンダーの下半身は赤く染まっている。



 ええ、そうよ。それがお前のしたことよ。ちゃんとわかっているじゃないっ!!



 噴出した怒りは、純度の高い殺意に変換された。

 だから、わたしは恨むのだ。

 だから、お前達を滅ぼすのだ。

 わかったでしょ、今度こそっ!!



――わからナい。なぜ?



 まだ言うのか。

 なぜってこっちが聞きたいわよ。

 でも、もういいわ。

 

 お前とわかり合おうとは思わない。しょせん、わたし達は殺し合うだけの関係だ。

 

 吐き捨てようとした時、急激なめまいに襲われた。

 立っていられず、わたしは膝をついてしまう。

 

 接地しているところから、ぐにゃりとした感触がする。

 急に異臭が鼻をついた。

 ひどい臭いだ。爛れ腐った肉のような――


「……えっ?」


 骸。骸だ。骸だらけだ。

 わたしも死体を踏みしめていた。

 わたしも積み上がった死体の山の頂にいる。

 わたしも全身、血まみれだ。

 

 数え切れないマガツと膨大な数の人間の死体があった。

 

 ロサイルで、クルグスで、大陸のあちこちで。

 わたしが殺した者達だった。



――生きること、殺すこと。当たり前のこと、おなじこと。許し、いらなイ。なのに――



 まるでそれは、無垢な少女のようだった。

 きょとんとして首をかしげ、戸惑いに顔を曇らせて。



――あなた、うらむ。なぜ? 意味なイ、わからなイ。教えて、ロゼ。




   □




 生き物は他者を殺し、奪って生きていく。

 人間の法や倫理観でマガツを断罪するなぞ、滑稽なだけだ。

 

 この事実を突きつけられ、わたしは答えに窮した。

 

 知ったことか。

 だからどうした。

 そう言ってのけるだけの自信がなかった。

 わたしはそこまで正しくない。


「――たまらず、やめてっ! って叫んだら、接続が切れたわ。彼女は案外、控え目な性格だったのかもね」


「ファウンダーが?」


「ええ、マガツの創始女王が、よ」


 アルの表情はこれまで以上に深刻だった。

 いらだった仕草から、あからさまな焦燥さえうかがえた。


「ファウンダーから接触があった件も、あなたは報告していない。何故です?」


 この状況でとぼけるのはさすがにまずいだろう。

 呆れられてもいいが、信用を失っては元も子もない。

 彼にはずっとわたしの味方でいて欲しいのだ。


「まず、第一に怖かったの。自分の存在意義そのものが、ぐらついてしまった気がしたわ」


「それはわかりますが……」


「第二に、記憶があいまいだった。わたしと女王の視点や感情がごっちゃになっていて、彼我の境界がぼやけていたの」


「それもわかります。なにしろ、どちらもあなたの頭の中に()()んですから」


「いまの話も退役後に思い出しながら、こんな流れだったかなって、時間をかけて整理し直したものよ」


 あれは白日夢を見ていたような感覚だった。

 実際、わたしはどこかで寝入ってしまったらしい。

 

 気づけば朝になっていて――現実感はすっかり色あせていた。


「第三に、報告どころじゃなかった。寝台から起き上がったとたんに緊急招集がかかって……後のことは、あなたも覚えているでしょ?」


「――はい。自分はまだ寝ていて、いきなりたたき起こされましたから」


 ようやく、アルも緊張をゆるめたようだ。

 あの朝、彼も同様に招集され、わたし達は揃って最後の出撃に向ったのだ。


「ファウンダーがロゼに接触した理由はなんだと思いますか?」


「うーん……色々ありそうだけど、狙いは士気阻喪(しきそそう)でしょうね。あのやり取りのせいで、ファウンダーは得体の知れない化け物ではなくなってしまった。マガツを純粋な悪と断じることもできなくなった。呪詛は精神面のコンディションで出力が大きく変わるから」


「なるほど。実際のところ、あなたに影響を及ぼしましたか?」


「そうね、多少は。でも、最終結果は知っての通りよ」


 わたしはマガツを殲滅した。

 彼らの生き残りは世界のどこにもいない。

 文字通り、一掃されたのだ。

 

「もっとも、ベルファスト博士の想定とは少し違ったやり方になったけどね」


「どういうことですか? 報告書では作戦の進行は予定通りだったと……」


 表向きは彼の言う通りだ。

 事実、マガツの脅威は完全に消滅した。


「でも、公式に明かされていない事情が色々あるのよ」


 きっとわたしは嬉しそうに笑っていただろう。

 この先を聞かせてやりたくて、わたしはこの尋問につき合ってきたのだ。


「結局、アルはあの新兵器に乗らなかったじゃない? 知りたいでしょ、どんな風に終わったのか」


 ダメだ、声が弾んでしまう。

 ご褒美を前にした幼子のように、浮き立つ気持ちを抑えきれない。

 すっかり見透かされているらしく、アルも苦笑している。


「もちろん。聞かせてください、ロゼ」


 ああ、いよいよだ。

 いよいよ、その時がきた。

 彼は一体、どんな顔をするだろうか。

 わたしはずっと待っていたのだ。

 

 準備はできている。呼吸を落ち着け、ゆっくりと語りだしていこう。

 

 わたし達がマガツをどうしたのか。

 戦争はどのような決着に至ったのか。

 

 今日ここに至るまでの、すべての顛末を。

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― 新着の感想 ―
[一言] そして、この物語の核心に・・・でしょうか?
[一言] 確かに人間も沢山の種族を犠牲にして生きてますもんね。 お互い様と言われたら、それまでですよね。
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