違和感
12/8 アクション〔文芸〕の日間ランクで6位となったようです。
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耳が痛くなるような静寂。
墜落のショックで頭がぼうっとしたが、身体はすべきことをした。
シートベルトを外し、緊急装備の背嚢を座席の下から引っ張り出す。
通信機器をはじめ、各種装置類は完全に死んでいる。
機体はもう飛べない。
天蓋を開き、身を乗り出した。
愛機と呼べるほど長く搭乗したわけではないが、戦友には違いない。
わたしもやがて、この子と同じところへ辿り着く。
「お疲れ様。また、そのうちね」
ぽんと操縦席を叩いて感傷を払い落とす。
機外へ飛び降りると、足は脛の半ばまで沼地に埋まってしまった。
飛んでいる――いや、墜ちている――最中は気づかなかったが、丘の上には家があった。
煙突から煙が薄くたなびいている。
上空では中隊のみんなが旋回していた。
わたしは大きく手を振り、無事をアピールする。
中隊長機がゆっくりと低空をフライパスして来た。
身振りで家の方へ向かうことを示す。
通じたらしく、バモンド中尉はうなずいて見せた。
飛び去って行く仲間達を見送り、わたしは沼地を歩き出した。
□
当たり前だが、沼地は進みにくい。一歩毎に泥に足を取られてしまう。
羽虫も多く、わたしはすっかり閉口してしまった。
おかげで上陸した時には、結構な汗をかいていた。
丘の斜面にはコブウシ達が思い思いに陣取り、のんびり草を食んでいる。
この牛は成長が早く乳も肉も美味しいのだが、雄には困った性質があった。
彼らは正面から自分に近寄る輩は、誰であろうと挑戦者と見なす。
すると額にある頑丈な瘤で不埒者を粉砕すべく、突進してくるのだ。
こんなところで牛相手に殉職しては馬鹿らしい。
わたしは不用意に正面へ立たないよう、牛達の間を縫って丘を登った。
一人前の兵士としてはいささか情けない気もする。
まあ、ここは君らの領分よね。空では好きにはさせないけど。
丘を上がって家の裏手にある勝手口までたどり着く。
煉瓦を積んだ二階建ての母屋と納屋、家畜小屋がある。反対側の斜面には果樹園があるようだ。
この地方によくある典型的な農家だった。
もう大隊本部にまで連絡が入っているだろう。
ほどなく、迎えが来るはずだ。
それまではこの家で休ませてもらおう。
食事をもらえれば最高だが、腰を下ろす場所と水だけでも充分である。
わたしは勝手口の扉を開き、家人を呼ぼうとして――違和感を覚えた。
「……」
静かすぎる。
もう昼食時なのに、人の気配がまったくしない。
いや、まさか。ここはわたし達の土地だ。奴らがいるわけがない。
ここでも訓練がわたしの行動を決した。
腰ベルトに下げた護符の束を確認。
魔術攻撃のダメージを軽減してくれる装備だ。
背嚢を静かに降ろし、中から小銃の部品を取り出す。
部品と言っても小銃を前後二つに分割しただけの大雑把な代物だ。
中央部で合体させ、ひねるように半回転させると銃の形に組み上がる。
あとは固定用のネジを手締めするだけ。
銃身は短めだが、中距離までなら支障はない。
たたまれていた銃剣を伸ばす。
これは鉄製のスパイクで、刃はついていない。
なるべくゆっくり小銃のボルトを引き、弾を装填。
わたしは銃を抱え、立ち上がった。
引き金に指はかけない。暴発にはご用心、だ。
深く息を吸い、ゆっくり吐く。
勝手口をくぐり、わたしは廊下を進みはじめた。
□
廊下の途中にある扉が開いていた。
のぞくと、台所だった。
食料庫は破壊され、皿や調理器具が散乱している。
薪オーブンに火が入っているが、誰もいない。
廊下の奥にも扉があった。こちらは半開きになっている。
足音を忍ばせて近寄り、そっと気配をうかがう。
物音一つしない。
扉を静かに押し開ける。
居間のようだ。
銃を構え、わたしは中へ踏み込んだ。
扉の横に2階への階段がある。
正面の窓はほとんどが割れて――
「――っ!!」
床に広がる血だまり。
その上に死体……いや、バラバラにされた肉塊が積み上がっていた。
まるで趣味の悪いオブジェだ。
細切れにされているが、一人分ではなさそうだ。
恐らく二人か三人を細切れにしたのだ。
加害者が人間なら、こんな殺し方はしないだろう。
ちくしょう……やってくれたわね!
激烈な怒りがわき上がった。
視界がゆがむ。息が苦しい。
空でたくさん殺したと思ったのに、まだ足りなかったのだ。
わたしはなんと馬鹿なのだろう。
あれっぽっちで喜んでいる場合ではなかった。
殺さなければ。
まだ殺さなければ。
まだまだ、たくさん殺さなければ。
奴らの死骸を地の果てまで敷き詰め、天に届くまで積み上げる。
誓ってそうしてやる!
もう間違いない。ここは敵に襲われたのだ。
連中はまだいるのか、もうどこかに姿をくらませたのか。
窓際に近寄ろうとした時、上からかすかな物音が聞こえた。