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種族的な違い

 ベルゲン東街区にある王立工廠では、大勢の人々が夜を徹して働いていた。

 半包囲された状況では、外部から運び込める物資などたかが知れている。

 武器も弾薬もここからの供給に頼るしかないのだ。

 

 迷惑なことに、その工廠内の片隅にベルファスト博士は住み着いていた。

 

 窓はなく、実験団のラボよりも狭苦しい。

 もとは物置か資料室だったのだろう。


「みんなで入るのは無理よ。悪いけど君達は外で待っていて」


 室内に入って扉を閉めつつ、そう告げる。

 護衛達はむっつりと押し黙ったまま、しかし素直に廊下に残った。

 

 襲撃以来、わたしとアルにも護衛がつくようになった。

 恐らく監視もかねているのだろう。正直、かなりうっとうしい。

 

 だが薄暗い室内に目が慣れた途端、そんなことはどうでもよくなった。

 

 部屋にはベッドに弱々しく横たわる、一人の老人がいた。

 それがベルファスト博士の様変わりした姿だった。


「……フン、暗殺か。まあ、息災だったわけだ。幸いかは知らんが」


 博士の声には張りがなかった。

 乱れた髪は真っ白で、顔の皮膚はたるみ、皺だらけだった。

 どれだけ疲れていても、こうはならない。

 

 老化――いや、老衰している。それもひどく。

 

 前に会ったのはほんの二ヶ月前だったはずだ。

 その時も老けた印象だったが、これではまるで二十年も経ってしまったかのようだ。


「……なんだ、貴様。精霊種(エルフ)の最後を見るのは初めてか?」


 くぐもった笑いは、激しい咳で途切れてしまう。

 もはや呼吸するだけで精一杯のようだ。

 

「種族的な違いだ。貴様達は恐ろしくゆっくり老いるが、我々はそうではない」

 

 精霊種は年を取らない――と言う風聞は、もちろん事実ではない。

 実際には成人に達した後、250から300年ほど肉体的な加齢がほぼ停止するのだ。

 

 やがて老齢期に入ると、ほんの数年で加速度的に老いる。

 

 この過程でほとんどの精霊種はショック症状を起こし、命を落とす。

 だから彼らの老人を見る機会はほとんどない。

 

 ベルファスト博士は老齢期の終末まで長らえた、希有な例らしかった。

 

「当然だ。途中で死ぬわけには、いかんからな……仕事をやり遂げるまでは、なんとしても生き延びる必要があったのだ」


 説明を聞いて、わたしの胸に疑問が浮かぶ。

 無視できない決定的な疑問だ。


「――戦争に勝つ為に、ですか? まさかですよね」


「ほう、なにかおかしいかね? 私は一貫して勝利を目指して来たつもりだが」


 博士の目にどこか面白がっているような光が宿った。


「あなたは自分の研究をまっとうする為に勝ちたいのだと思っていました。でも……」


 博士は汎人種を見下している。

 博士の同族は数少なく、ゆるやかに滅ぶだろう。

 博士は誰のことも愛していない。

 博士の時間はもうわずかだ。


「自分が死んだ後の人類世界をあなたが心配するはずがない。もともと、ご興味ないんだから」


 ゆっくりうなづいてわたしの言葉を飲み下し、博士はまた笑い出した。

 今度は長く続く哄笑となった。

 

「ははははははっ!! 言うじゃあないか、貴様! まったく、その通りだ! お前達のことなぞ、どうでもいいよ!!」


 ふいに笑いをおさめ、「心底、くだらぬ奴らだからな」とつぶやく。

 

 わたしはむしろほっとした。

 年老いても死ぬ間際になっても、性格は不変らしい。

 

「では何故です? ご自分の寿命が尽きると知っていて、なお努力し続けた理由はなんでしょうか」

 

「貴様に関係があるのかね?」


「あります。わたしはあなたの指示に従ってきた。その過程で何人も死んで……殺しているんです。わたしには聞く権利があるでしょう」


「フン、権利だと!? 汎人の妄想上の言葉だな。権利! なんとな、まさしく愚かの極みだ!!」


 表情をゆがめ、にべもなく吐き捨てる博士。

 本心からわたしを嫌悪しているように見える。まさに取り付く島もない。

 

 本当にやっかいな性格だな、この方は。

 

 わたしはベッドの横にひざまづき、ベルファスト博士の手を取った。

 がさがさした枯れ木のような、老人の手を。


「な――なんのつもりだ?」よほど驚いたのか、博士は眼を剥いている。


「あなたに同情は覚えません。あなたのやり方は酷すぎる。知っていたら、協力なんかしませんでした」


 結果は正しくても、許せないことはある。

 あなたのせいで、わたしは沢山の人々と大切な友人を殺めた。

 わたしの生涯続く後悔なぞ、あなたは一顧だにしないでしょう。

 あなたとわたしは違い過ぎて、とうてい相容れない。

 

 だけど、それでも。

 

 わたしはベルファスト博士には恩があった。

 彼には偉大な功績があった。人類は博士なしではとっくに滅んでいたはずだ。

 

 孤独なまま人生の終焉を迎えた天才を、わたしは突き放せなかった。


「話してください。何か言っておきたいのでしょう? どうせろくでもない話でしょうけど」


「わからんな――なにを言っておるのだ、貴様は」


「せめて今日くらいは素直になったらどうですか? なにか命令があるならフレイから伝えればいいだけです。博士は直接わたしと話したいからここに呼びつけた。違いますか?」

 

 フンと鼻を鳴らした後、ベルファスト博士は語り出した。

 

 とても静かに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 極めて合理主義者で、ドラスチックな博士にして、最後の「情」でしょうか?
[一言] おお! 精霊種の設定面白いですね! でも、言われてみたら、犬とか猫もそれに近いかもしれませんね。 成犬や成猫になったら、ほとんど見た目はかわりませんし、ある日突然亡くなったりしますからね………
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