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血を吐きながら

 振り向けば、お仕着せをまとった若い女性が立っていた。

 給仕の一人らしく、手にしたトレイにシャンパンのグラスを乗せている。

 まったく見覚えのない娘だ。

 

「はい、そうですが……」


「よかった! 中佐をずっと探していたんです。お客様が多くて、見つからないかと」


 わたしに用でもあるのだろうか。

 まさかシャンパンの押し売りでもあるまい。

 

 わたしは「なにかご要件でも?」とたずねようとして――どきん、とした。

 

 似ている。

 顔かたちは全然違う。髪も声も別物だ。

 

 だけど、目がそっくりだ。

 

 わずかな感情さえ消えうせた、茫漠とした瞳。

 希望も絶望もなく、死だけを待ちわびているような。

 出会った頃のマユハが時折見せていた目だ。

 

「ねぇ、君は」


 がしゃん、と音がしてグラスがいっせいに砕けた。

 女給の手からトレイが転がり落ちたのだ。


 一瞬、破片の散乱する床に気を取られ――視線を戻した時、彼女は右手に細長い棒をにぎっていた。


 何? 棒――穂先?

 握っているんじゃない。手自体が変形しているのだ。


 女給はわたしの目前にまで踏み込んでいた。


 彼女の指先はよりあわさり、まるで槍のように長く伸びている。

 ひどくねじくれた――触手?


 そう、マガツの触手だ。おまけに先端がぬらりと光っている。

 

 直感的に理解した。

 あれは毒。恐らくは猛毒が槍から噴き出しているのだ。


 しまった、油断していた。


 まさか、こんなところで人間に襲われるなんて!

 上体をそらし、間一髪で毒槍を避ける。

 

 だがバランスを崩し、転倒してしまう。

 

 女給がのしかかってくる。

 周囲の人達は驚くばかりで、何が起きているのか把握できていない。

 

 穂先はまっすぐわたしに振り下ろされ――


「ボルド中佐っ!!」


 銃声がして、女給の身体ががくんと揺れる。

 機関銃のような連続射撃。

 

 胸の真ん中を続けさまに撃ち抜かれ、しかし女給は持ちこたえた。

 

 六発の銃弾を喰らっているのに、なんという執念だ。

 彼女はわたしをにらみつけ、上体ごと右手を振り下ろした。

 

「く……っ! なに、一体……なんなのよっ!?」


 とっさに女給の腕をつかみ、食い止める。

 彼女が被弾して体勢を崩したおかげで、対応が間に合ったのだ。

 

 女給は全体重をかけ、わたしの首に触手を突き刺そうとしてくる。

 

 

 笑っていた。

 

 

 じりじりと穂先が降りてくる。

 槍部分には触れない上に、女給の膂力は明らかにわたしを上回っていた。

 

 

 彼女は笑っていた。

 

 

 あと数㎝で刺される。

 殺されてしまう。

 

 

 血を吐きながら、笑っていた。

 

 

 もうすぐ。もうすぐ。あと、もうちょっとで終わる。

 

 ほっとしたように、待ちわびたように。

 彼女はおだやかに笑っていた。


 次の瞬間、がつんっ! と鈍い音がして、女給は頭を蹴られたようにのけぞる。

 

 ごろりと横倒しになり、そのまま動かなくなった。

 彼女の額には、派手な装飾のナイフが刺さっていた。恐らく料理を切り分ける為のものだ。首が妙な方向にかしいでいるところからして、衝撃で頸椎が折れたらしい。


「大丈夫ですか、中佐っ!?」


 アルが駆け寄ってくる。

 銃撃もナイフも彼の仕業なのだろう。すごい腕前だ。

 

「た――助かったわ、アル。ありがとう」

 

「ご無事でよかった。しかし何者ですか、この女は――」


 倒れている女給に目をやり、アルは息を飲んだ。

 槍状に変形している右手に気づいたのだろう。


「わからないわ。でも、正体に心当たりはある」


 わたしは立ち上がり、女給の死体を見下ろした。

 知らず、深いため息がもれてしまう。


「――たぶん、マガツの協力者よ」


「協力者? まさか、人間がマガツに協力を……?」


 絶句するアル。彼には初耳だったのだろう。

 

 一方、わたしは自分のまぬけぶりに呆れていた。

 当たり前の話なのに、これまで気にもとめていなかったなんて。

 

 わたしはマガツを心底、憎んでいる。

 

 同様に、わたしもマガツにひどく憎まれているのだ。

 暗殺者を送りこまれてしまうほどに。

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― 新着の感想 ―
[一言] >同様に、わたしもマガツにひどく憎まれているのだ。  暗殺者を送りこまれてしまうほどに。  当然にそういうことにはなりますよね。
[一言] うおおう……。 協力者になるってそういうことなのか……。 てことはマユハも……!?
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