養子
マガツを滅ぼす準備ができた。
まさに待ち望んでいた言葉だった。
人類が勝利する為に必要な最後の一手は、本当にぎりぎりだが、間に合ったらしい。
なのに、わたしの心は浮き立たなかった。
恐らくわたし達が進もうとしているのは、決して引き返せない道だ。
やれば、決定的になにかを変えてしまう。
ロサイルで槍を放った時のように、よくわからないまま進んではいけないはずだ。
「やあ、おそろいだね。楽しんでいるかい?」
軽い足取りでフレイがやって来た。
こんな場所にまで2人の護衛を連れている。
「君はファレス中尉だったね。急な任命で驚いただろうけど、よろしく頼むよ」
「はい、ベルファスト特務技官」
アルは会釈し、儀礼的な微笑みを浮かべた。
わたし達はフレイの指示に従うよう、厳命されている。
親密さを装ってフレイはアルに笑いかけた。
「僕の方が年下だし、フレイでいいよ。なかよくやりましょう。僕らはこれからチームだからね!」
「よく言うわね、チームですって? わたしは自分がなにをやるのかさえ知らないのよ」
フレイは眼光を鋭くした。
「知る必要はない。君達はただいればいいんだよ」
「――いればいい?」
「そうさ。後はぜんぶ、僕がやる」
わたしとアルは視線を交差させた。
どういう意味だろう。
わたし達は新兵器の操縦者として選抜されたのではないのか。
じゃないなら、飛翔槍兵をどう使うつもりなのだろう。
「わたしの報告書は読んだ? 感染モードで一度にたくさん殺してしまうと、呪術成就のフィードバックが強すぎて――」
「ああ、大丈夫。感染モードは使用しない。我々が狙うのはマガツの女王だけだからね!」
ファウンダーだけ? それで大丈夫なのだろうか。
連中の親玉を倒したところで、マガツを全滅させなければ人類の勝利はないはずだ。
「すべてのマガツはファウンダーからの直接指示で動いている。卵を産めるのも彼女だけだ。
ファウンダーがいなくなればマガツは活動を停止し、遠からず絶滅する」
「失礼ですが、それは確かなのですか? ベルファスト特務技官」とアル。
「ああ、確かだよ。父の研究を疑うのなら話は別だけどね」
「感染モードじゃないなら、槍を女王か、女王の至近にいるマガツに直撃させる必要がある。わたしはそこを気にしているのよ」
「大丈夫だと言っているだろう。特別製の呪槍を使うんだよ。術の目的そのものが通常の槍とは別物なんだから」
話はここまでだとばかりに、フレイは身を翻した。
「君達は余計なことは考えなくていい。とにかく、父と僕を信じることさ――勝ちたいならね」
銀髪をなびかせ、フレイは去ってしまった。
アルはさめたまなざしで少年の背を見ている。分析的と言ってもいい。
「彼、どう見ても精霊種ではないですよね。本当にベルファスト博士のご子息なんですか?」
「一応養子らしいわよ、書類上はね」
「なるほど。ただ、わざわざ汎人種を養子にする意図がわかりませんが……」
「さあ、わたしも詳しくは知らないのよ」
アルの疑問ももっともだが、精霊種自体、近頃は希有な存在だ。
汎人種でも博士の代理人として動く分には支障はないのだから、無理して精霊種を探す必要はない。
わたしの予想が正しければ、博士はフレイのまさに生みの親でもあるはずだ。
「正直、いい気分ではないですね。なんの説明もなく、ただいればいい、なんて……」
「わかるけど、逆らっても無駄よ。王国の上層部……特に飛翔軍はベルファスト博士を信奉しているからね」
襲撃巣についての事前警告とすみやかな撃滅、そして新兵器の開発成功。
これらの出来事により、ベルファスト博士の影響力は増大した。
博士なら本当に人類を救済できる。いや、きっと博士にしかできない。
みんな、そう思うようになった。
大陸の過半を喪失したいま、失われた人命は数千万に達するだろう。
いずれにしても、ことここに至っては他にたどれる道はない。
救われると信じて、ひたすら博士に従うしかないのだ。
かつてのわたしのように。
「すみません、中佐。つまらない愚痴を言いました」
アルは恐縮しているが、わたしは少々ばつが悪い。
昼間、バモンド中佐にぐだぐだと悩みを聞いてもらったばかりである。
それどころか、涙さえこぼしてしまった。
なんだか、いまごろになって恥ずかしくなってきた。
「いいのよ。それより、せっかくだからなにか食べましょうか」
「そうですね。自分が取ってきますので、少しお持ちを」
アルは料理の置かれたテーブルに向かう。
わたしも行こうかとした時、後ろから呼びかけられた。
「あのう、ロゼ・ボルド中佐……でしょうか?」




