特別攻撃隊
拉致同然に連れていかれた先は、ベルゲン北街区にそびえる王城だった。
城壁のそこかしこに、空襲の傷跡が残っていた。
到着するとどこかの小部屋に放り込まれた。
女官達がわらわらと寄ってきて、わたしは問答無用で湯船に入れられた。
風呂を出てみれば着ていた服はなく、代わりに儀礼用の制服が置いてあった。
「待って、階級章が違うわ。これは中佐の服でしょう。わたしは……」
女官を問いただすと、彼女はこともなげに答えた。
「あっていますよ。あなたは昇進なさったのですから」
「ええっ!? わたしはなにも聞いてないわよ!?」
「正式な辞令はおって出るかと。おめでとうございます、ボルド中佐」
他の女官達は誰も余分な口をきかず、黙々とわたしの身なりを整えていく。
まるで出撃準備のようだ。
「ねえ、一体なにがはじまるわけ? 舞踏会にでも出すつもり?」
女官はわたしの髪を結い上げはじめた。
「いいえ。授賞式ですわ、ボルド中佐。みなさんは国王陛下から勲章をたまわるのです」
□
謁見の間で行われた授章式は華やかで、ひどく空虚なものだった。
耳をすませると、断続的に遠く雷鳴のような砲声が轟いている。
ゼブロフ高地を巡る戦いはまだ続いているのだ。
しかし、居並ぶ貴族達は戦争に気づかないふりをしていた。
華やかに着飾り、わざとらしい笑顔を浮かべ、要所要所で拍手する。
大勢の報道関係者がその様子を記録していた。
なにもかもが場違いで、滑稽ですらあった。
わたしの感想など置き去りにして、式は滞りなく進行した。
10人あまりの兵士達に国王が勲章を授けていく。
国王はわたしの首にもリボンで吊り下げられた勲章をかけた。
間近で王の姿を見るのは初めてだ。
バルト王は特徴のない中肉中背の中年男性だった。
王冠と豪華な衣装がなければ、肉屋の主人かと思われるだろう。
なんにせよ、ずいぶんと不幸そうな顔をした男に見える。
わたしはガメリア大陸から来た難民だった。
受け入れてくれたバルト王国には感謝こそあれ、伝統に根ざす王個人への敬慕はなかった。
国王からもごもごと話しかけられたが、滑舌が悪くてよくわからない。
聞き返すわけにもいかず、わたしは適当な返事でごまかした。
式の締めくくりはベルゲン防衛総司令官の演説だった。
勇ましい言葉を羅列した後、司令官は「戦況を決定的に変えうる」新兵器について言及した。
この新兵器は特別攻撃隊によって運用される。
特別攻撃隊には、よりすぐられた兵士、真の英雄だけが配属される。
人類を勝利に導く英雄達の名は――
ロゼ・ボルド中佐。
フレイ・ベルファスト特務技官。
そしてアル・ハヤ・ファレス中尉であった。
□
日が暮れると饗宴となった。
もともと王城は社交の場であり、大人数を収納できる広間がある。
あちこちに置かれたテーブルには銀の食器に豪勢な料理が盛られていた。
給仕達は影のように静かに行きかい、高価な酒を配ってまわる。
華美な服装をした人々は、慣れた様子で社交にいそしんでいた。
だが、この中に総司令官の演説を本気で信じている者などほとんどいないだろう。
絶対的な破滅はすぐそこまで来ている。
恐らくは、ほんの数日という距離に。
誰もが知っていた。
だから、誰もがおびえていた。
おびえながら、楽しそうにふるまっていた。
みんな懸命に役割を演じ、現実逃避をしているだけなのだ。
豆のムースに頭を突っ込んだ沼蛇のように。
ぴかぴかの勲章をぶら下げたわたしやアルも例外ではない。
「まさか自分も転属になるとは思いませんでした……」
シャンパンを飲みながら、アルはぼやく。
彼はわたしとは別に、突然王城へ呼びつけられたそうだ。
ろくに事情の説明もないまま、式典に出る羽目になったらしい。
状況を受け止められなくて当然だった。
「特別攻撃隊ですが、ボルド中佐はなにかご存知でしたか?」
わたしは首を振り、苦笑した。
数ヶ月前は大尉だったのに、もう中佐か。
生き延びた者は押し上げられるとは言え、これは度が過ぎる。
まるで子供のごっこ遊びのようだ。
「わたしも今日、初めて聞いたわ。フレイ……いえ、ベルファスト博士らしいやり方ね」
「新兵器については?」
「それも初耳よ。ハインズ班長から、なにかとっておきがあるって聞いたことはあったけど……」