波状攻撃
1244年11月 王都ベルゲン近郊 ゼブロフ高地
戦争は続き、生き残ったわたしは少佐に昇進していた。
アルは中尉になり、同じく昇進したバモンド中佐が第102飛翔戦闘団の指揮官となった。
だが、やることは以前とさほど変わらない。
投擲した呪槍は重装甲タイプの地上種に突き刺さり、感染モードが発動した。
周辺にいた数百体のマガツが呪いに捕まり、呪圏が二回りほど拡大する――しかし、そこが限界だった。
術の継続時間が終わり、呪圏は消失した。
散っていたマガツ達が再集結し、ぞろぞろと移動を再開する。
「焼け石に水ね……」わたしは独りごちた。
殺した数が少ない為、呪術成就のフィードバックは弱い。
それでもわたしは額に冷たい汗をかいていた。
大量の呪力を消耗する感染モードの使用は、操縦者に大きな負担をかける。
だから使用は一日に二回までが限度とされていた。
しかし、わたしはこのところ日に三、四回出撃し、ほぼ毎回二本の呪槍を感染モードで投擲していた。
我ながら無茶が過ぎている。
完全に安全規定違反だが、もはやとがめ立てする者はいない。
それどころではないのだ。
王都ベルゲンはマガツによる重圧下にあった。
襲撃巣を殲滅した後も、マガツの進撃は止まらなかった。
西部海岸だけではない。とうとうパガマ半島の防衛線も突破された。
全軍は粘り強く戦ってマガツに出血を強いていたが、敵を食い止めるには至らなかった。
どの戦線でもじりじりと押し込まれ、後退を強いられた。
二方向からマガツは王都に迫り、半ば包囲されてしまったのだ。
飛翔軍はフレイヤを失い、PLSも使えなくなった。
だが、皮肉なことに現在の任務には支障はない。担当戦域はごく狭くなり、基地から前線までも近いからだ。
わたしはメルカバの機首を地上に向けた。
眼下に広がるのはベルゲンに隣接するゼブロフ高地だ。
地表を走るぐにゃぐにゃした線は、深く掘られた塹壕だった。
湿った大地に身を寄せ、大勢の兵士達が戦っている。
高地全体を覆う砲煙をすかし、あちこちで銃火が瞬いている。
ここ二週間、高地を巡る争奪戦は激しさを増していた。
防衛隊は高地上に陣取り、麓から這い上がってくるマガツを迎撃している。
もしゼブロフを奪われれば王都の包囲は完成する。
その時点で人類の命運は決するだろう。
我々がまだ持ちこたえているのは、戦線が縮小しているせいだった。
人類側は後退に後退を続け、守るべき土地が大幅に減った。
結果、比較的狭い地域に残存兵力が集中したのだ。
しかしそれは勝利を意味しない。
敗北までの時間が少し延びているだけなのだ。
あれ以来、マユハも姿を見せてくれない。
話したい。顔を見たい。
だが、もし彼女が現れたら――何を言えばいいのか。
理性で考えようとしても、心が拒否した。
焦燥や苦悶を押し殺す為、わたしはひたすら任務に没頭している。
それ以外、身の処し方がわからなかった。
『ボルド少佐、支援要請です!! 座標B106、詠唱中の巨人からマガツを追い払えとのことです!』
アルが司令部からの長距離通話を伝えてくれた。
応諾を返し、わたしは指揮下の部隊――第102飛翔戦闘団の第二大隊に集合をかけた。
定数には満たないが、二個中隊少々の戦力はある。
「第二大隊、傾注!! これより支援攻撃を行う! 目標、座標B106!!」
指定座標には異様なオブジェが鎮座していた。
味方の塹壕線から突出した位置にある、巨大な立像。
身の丈は10m近くあるが、手足のバランスはいびつである。
大樹ほどもある杖にすがり、顔を伏せているようだ。
身動き一つしないそれは、びっしりとマガツにたかられた巨人族の姿だった。
芋虫のようなマガツ達は巨人に喰らいつき、時折紫電を放っている。
魔力放射による干渉――恐らくは巨人が行使しようとしている魔術を妨害しているのだ。
『少佐、どうすりゃいいんで? 奴さんの全身にはもう地上種がむらがってますぜ!!』
第二中隊の中隊長から短距離通話が入る。
わたしは即座に答えた。
「見ればわかるわよ。巨人ごとマガツを撃つしかないわ」
『ええっ!? しかし、それじゃ……』
当然ながら巨人を巻き込む。しかし、他に手はない。
マガツを追い払わないことには、術行使が成らないはずだ。
もたもたしていては、防衛線が破られてしまう。
「機関砲位で巨人は死にはしないわ。第一中隊から順に波状攻撃をかけろ!!」
部下達が戸惑ったのは一瞬だけだった。
数は少ないが、過酷な実戦をかいくぐって来た者達なのだ。
味方機は小さな群れとなり、次々に降下した。
地上から撃ち上げられる尖甲弾をかいくぐり、容赦なく砲弾を巨人に撃ち込む。
最後に本部小隊を率いて、わたしも降下攻撃に加わった。
だいぶマガツは減っているが、まだ数体が巨人にへばりついている。
狙いを定めた時、唐突に右側の操作パネルが吹き飛んだ。
被弾したのだ。飛散した破片が上腕を切り裂く。
「――っつ!? この……っ!!」
構わず引き金を絞ると、機関砲が吼えた。
僚機の射撃も加わり、着弾が豪雨のように巨人を押し包む。
とりついていたマガツ達は穴だらけになって一掃された。
思った通り、巨人には傷一つついていない。
機体を引き起こしかけた時――突然、巨人が咆哮を上げた。
『■■、■■■■ーーーッ!!』
メルカバの天蓋をびりびりと振るわせる絶叫。
くそっ、タイミング調整も何もなしか!!
わたしは短距離通話で大隊全機に警報を叫んだ。
「第二大隊、緊急回避っ!! 巨人の魔術が発動するぞっ!!」
幸い、他の機は降下攻撃を済ませ、上空へ離脱中だった。
わたしを含む本部小隊は推力全開で急上昇した。
「着いて来ているか、ファレス中尉!!」
『は、はい、ボルド少佐!!』
苦しそうなアルの声。
衝撃と熱波が来て、機体が激しく揺すられる。
振り返ると、地表から巨大な炎が吹き上がっていた。
炎は巨人の目前から左右に広がり、城壁のようになった。
壁は燃えさかりながら斜面を駆け下り、マガツを焼き払っていく。
危なかった。退避がもう少し遅れていたら、わたしの機体も炙られていただろう。
麓まで半分程度の距離を残し、炎は消えた。
高地の塹壕線に迫っていた地上種は一掃され、戦線は崩壊をまぬがれた。
もうもうと上がる煙をかきわけ、我が大隊は帰途についた。