英雄扱い
わたしは耳を疑った。
あの大集団を――我々は撃退できたのか。
「逃げた? 本当ですか!?」
『本当ですよ、少尉。敵集団はおよそ17%の損害をこうむり、攻撃を断念しました。転針して海に向かいつつあります』
フレイヤが補足してくれた。
彼女の折り紙つきなら、間違いあるまい。
『ああ、ロサイルは救われたぞ。その点に関しちゃ、大いに胸を張れ。最高の戦果だ、ボルド少尉!』
「ありがとうございます、大尉。そうですか……よかった……!」
これで確定した。今回はわたし達の勝ちだ!!
お陰でみんなからも認めてもらえたらしい。
それでよかったのかは、やや疑問が残るところだけど……さすがにみんな言葉が汚すぎないだろうか? わたしは一応、乙女なのだが。
『ボルド少尉、ミードだ。あの、僕からも一言、いいだろうか?』
遠慮がちに口を挟んだのは、チプス・ミード少尉だった。
彼はわたしの同期だ。万事控え目な性格だが、腕は確かである。
第3中隊に配属された5名のうち、2ヶ月後の現在、残っているのはわたしと彼だけなのだ。
ひょろりとしているのに、実によく食べる男だった。
わたしが応諾すると、チプスは常よりも改まった口調で話し出す。
『ありがとう、ボルド少尉。本当にありがとう! どれだけ感謝しても、したりないよ!!』
「ええっ? あの、なんの話なの、チプス?」
戸惑うわたしに、チプスはかみ締めるるような調子で答えた。
『僕の実家はロサイルにあるんだ。中央街区にアパートがあって、両親と婚約者が一緒に住んでいる。
奴らの群れを見た時、本当に絶望したよ。あの数じゃ、10や20を墜としても意味がない。
もう駄目だ、絶対に止められないと思った……』
チプスの声は震えていた。
『でも、君がやってくれた! 君が敵を追い返して、僕の大事な人達を守ってくれたんだ!!』
「待って、チプス。そう言ってくれるのは嬉しいけど、これはわたしだけの手柄じゃ……」
『ああ、わかっている。でも、僕は君に感謝したい。君がいなければこの勝利はなかった。そうだろ、ボルド!』
ううむ、弱ったな。
ある意味ではチプスの言う通りなのだが、でもやっぱり違う。
この勝利は作戦に関わった全員の成果であるはずだ。
本気で英雄扱いされるのは、居心地が悪い。ましてや、仲間からなんて。
敵の迎撃は軍の任務で、つまりは仕事だ。
わたしはただの操縦者にすぎない。
この大戦果は単に巡り合わせ――因果が上手く連鎖した結果なのだ。
『――待て、ミード少尉。ボルド少尉、発動機から煙が出て――』
大尉の警告とほぼ同時に、背中側から爆発音がした。
蹴飛ばされたような衝撃。
突然、視界が回る。
機体がバランスを崩し、墜落を始めたのだ。
レシーバーから誰かの叫びが響いたが、聞き取ることはできなかった。
とにかく、立て直さなければ。
緊急操作に忙殺され、呪力を発生させる間もない。
どんどん高度が落ちていく。
推力は――ゼロ。発動機は完全に停止している。
再始動――反応なし。とにかく、立て直せってば!
続く数秒間になにをしたのか、よく覚えていない。ただ必死だった。
日頃の訓練が功を奏したのだろう、なんとか正常な姿勢を取り戻す。
後方を確認すると、発動機は影も形もなかった。
爆発で脱落したのだ。これでは再始動するわけがない。
つまり、墜ちるしかなかった。
すべてがゆっくりに見える。
わたしは慌ただしく地表の様子を視認した。
低い灌木が点在する湿地帯のようだ。
前方に丘――とても越えられない。衝突したらおしまいだ。
いますぐ胴体着陸するしかない。
でも速度が――速すぎる!
「く……っ!!」
操縦桿を引き、強引に機首を持ち上げる。
失速ぎりぎりの角度――しかし、おかげで速度は落ちた。
尾部が接地すると、時間の経過はもとに戻った。
機首が下がり、どんと座席が揺すられる。
機体下部が泥地に擦られる音。
盛大に巻き上がる黒ずんだ水。
大小の破壊音、振動、引きちぎられる翼。
自分で制御できるものは何一つない。
耐えるしかない十数秒間の後、全ては唐突に終息した。
わたしの機体は沼地の上へ滑り込んでいた。