家族
包みの中から出てきたのは人の手だった。
染み一つない綺麗な肌。ほっそりして長い、若い女性の指。
薬指に碧水晶の指輪をはめている。チプスが婚約者に贈った指輪を。
リニア・ジンスハイム。
そう呼ばれていた娘の――わたし達の友人の残骸がそこにあった。
「ああ……っ、あ、ああぁ……っ!!」
脱力し、わたしはぺたんと座り込んだ。
気遣わしげな顔でマユハは「大丈夫? ロゼ」と呼びかけてきた。
大丈夫?
そんなわけないじゃない……っ!?
「気にすることない。殺したのは、あなたじゃない」
「わかっているわよっ!! こいつらが殺したんでしょっ!!」
わたしは手を振り上げ、周囲のマガツを指し示した。
恐れはどこかへ消し飛んでいた。怒りと悲しみで完全に動転していた。
「でもそうじゃなかったら」
少し困ったようにマユハは眉をひそめた。
「ロゼが殺すことになったかも」
だから? だから、よかった。ましだったって?
そんなの、何のなぐさめになるのだ。
リニアはこんなところで死ぬべき人ではなかったのに。
「じゃあ、チー君は?」じっとわたしを見つめ「チプスは死ぬべきだった人?」とマユハは返した。
わたしはショックを受け、言葉を失った。
話している内容以前の問題だ。
「殺したい人や死にたい人はいる。でも、死ぬべき人なんていない。殺されちゃう人、死んじゃう人がいるだけだよ」
どうしてマユハはチプスの死を知っているのか。
状況証拠が積み上がっていく。到底無視できないほど、高く、高く。
「いつそうなるかわからない。わたしもロゼも――この子達も」
マユハはマガツ達に視線を向けた。
よく見れば、大半のマガツは死にかけているようだ。
どろりとした体液を垂れ流している奴がいる。
べたりと地に伏せ、触覚を震わせている奴がいる。
弱々しく口の牙を開閉させている奴もいる。
自己免疫系の暴走によるショック症状だ。
「呪いのせい」
彼らをマユハは見つめていた。痛ましそうに。
「呪圏はかすめただけ。でも、逃れられなかった」
「マユハ……君は」
ああ、やめて。聞いちゃ、ダメ。
転がり出た言葉が、次の言葉を引きずり出してしまう。
「マガツと、つながりがあるのね……?」
「うん。家族だよ、わたしの」
あっさり認めたマユハ。
屈託のない微笑みに後ろ暗さは微塵も宿っていない。
すっと立ち上がり、マユハは両手を広げた。
「この子達はみんな、わたしの家族。やっと紹介できたね、ロゼに」
意味がわからない。
マガツが家族? マユハは人間ではないか。
トノト村にはマユハの家があった。ボーデン・ノボリリだっていたじゃないか。
冗談にしても馬鹿馬鹿しい。あり得ないことだ。
だけどそれは奇妙におさまりがよくて、すっと腑に落ちた。
はじめて会った時からどこか不思議な娘だった。
これまでもおかしな点は多々あったのだ。
マユハの言葉は事実なのだとわたしは納得してしまった。
「びっくりだよね、ごめんなさい。でも、そろそろだから」
「……そろそろ?」
「そろそろはそろそろだよ、色々ね。妖精のおじさんもあと一息で準備が終わるんでしょ?」
艶然と微笑み、マユハは言葉をつむぐ。
「どっちが勝つか、わたしにはわからない。どうでもいいよ。わたし、ロゼだけいればいいの」
同じだ。わたしとマユハは同じ想いなのだ。
知っている。ずっと前からわかっていた。言うまでもなかったことだ。
何故なら、わたしは――
「わたしはロゼを愛している。ロゼもわたしを愛している。愛し合っている、わたし達は」
「だから……受け入れろって? 君が、マガツの……情報提供者だったってことを!!」
血を吐くような思いで言い放った。
わたしの父はマガツに殺された。
わたしの母はマガツからわたしを逃す為に死んだ。
わたしの国はマガツに滅ぼされた。
幾度も空襲があった。
幾つもの街が燃えた。
幼年学校の仲間が、飛翔学校の同期が、同じ大隊の戦友が次々と死んだ。
わたしは沢山の人々を巻き添えにした。
とても負いきれない数の犠牲を出してしまった。
すべてはマガツを滅ぼす為だ。戦争に勝つ為だ。
だけど、マユハは違っていた。
恐らくマユハはずっとマガツに協力していたのだろう。
奴らに「いい情報」をもたらしていたのは、わたしのパートナーだったのだ。
なんてざまだ。なんという無様だ。まったくお笑いぐさだ!
その上、一緒に来い?
全部、なにかもかも投げ捨てろというのか?
彼女と引き換えに、全部?
わたしの復讐も憎しみも忘れろと?
「どうでもいいよ、それも。この子達が憎いなら、憎いままでいい」




