表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/110

家族

 包みの中から出てきたのは人の手だった。

 染み一つない綺麗な肌。ほっそりして長い、若い女性の指。

 

 薬指に碧水晶の指輪をはめている。チプスが婚約者に贈った指輪を。

 

 リニア・ジンスハイム。

 そう呼ばれていた娘の――わたし達の友人の残骸がそこにあった。


「ああ……っ、あ、ああぁ……っ!!」


 脱力し、わたしはぺたんと座り込んだ。

 気遣わしげな顔でマユハは「大丈夫? ロゼ」と呼びかけてきた。


 大丈夫?

 そんなわけないじゃない……っ!?


「気にすることない。殺したのは、あなたじゃない」


「わかっているわよっ!! こいつらが殺したんでしょっ!!」


 わたしは手を振り上げ、周囲のマガツを指し示した。

 恐れはどこかへ消し飛んでいた。怒りと悲しみで完全に動転していた。

 

「でもそうじゃなかったら」

 

 少し困ったようにマユハは眉をひそめた。

 

「ロゼが殺すことになったかも」


 だから? だから、よかった。ましだったって?

 そんなの、何のなぐさめになるのだ。

 リニアはこんなところで死ぬべき人ではなかったのに。


「じゃあ、チー君は?」じっとわたしを見つめ「チプスは死ぬべきだった人?」とマユハは返した。


 わたしはショックを受け、言葉を失った。

 話している内容以前の問題だ。

 

「殺したい人や死にたい人はいる。でも、死ぬべき人なんていない。殺されちゃう人、死んじゃう人がいるだけだよ」


 どうしてマユハはチプスの死を知っているのか。

 状況証拠が積み上がっていく。到底無視できないほど、高く、高く。


「いつそうなるかわからない。わたしもロゼも――この子達も」


 マユハはマガツ達に視線を向けた。

 よく見れば、大半のマガツは死にかけているようだ。

 

 どろりとした体液を垂れ流している奴がいる。

 べたりと地に伏せ、触覚を震わせている奴がいる。

 弱々しく口の牙を開閉させている奴もいる。

 自己免疫系の暴走によるショック症状だ。

 

「呪いのせい」

 

 彼らをマユハは見つめていた。痛ましそうに。

 

「呪圏はかすめただけ。でも、逃れられなかった」

 

「マユハ……君は」


 ああ、やめて。聞いちゃ、ダメ。

 転がり出た言葉が、次の言葉を引きずり出してしまう。


「マガツと、つながりがあるのね……?」


「うん。家族だよ、わたしの」


 あっさり認めたマユハ。

 屈託のない微笑みに後ろ暗さは微塵も宿っていない。

 すっと立ち上がり、マユハは両手を広げた。


「この子達はみんな、わたしの家族。やっと紹介できたね、ロゼに」


 意味がわからない。

 マガツが家族? マユハは人間ではないか。

 トノト村にはマユハの家があった。ボーデン・ノボリリだっていたじゃないか。

 冗談にしても馬鹿馬鹿しい。あり得ないことだ。

 

 だけどそれは奇妙におさまりがよくて、すっと腑に落ちた。

 

 はじめて会った時からどこか不思議な娘だった。

 これまでもおかしな点は多々あったのだ。

 

 マユハの言葉は事実なのだとわたしは納得してしまった。

 

「びっくりだよね、ごめんなさい。でも、そろそろだから」


「……そろそろ?」


「そろそろはそろそろだよ、色々ね。妖精(エルフ)のおじさんもあと一息で準備が終わるんでしょ?」


 艶然と微笑み、マユハは言葉をつむぐ。


「どっちが勝つか、わたしにはわからない。どうでもいいよ。わたし、ロゼだけいればいいの」


 同じだ。わたしとマユハは同じ想いなのだ。

 知っている。ずっと前からわかっていた。言うまでもなかったことだ。

 何故なら、わたしは――


「わたしはロゼを愛している。ロゼもわたしを愛している。愛し合っている、わたし達は」


「だから……受け入れろって? 君が、マガツの……情報提供者(スパイ)だったってことを!!」


 血を吐くような思いで言い放った。

 

 わたしの父はマガツに殺された。

 わたしの母はマガツからわたしを逃す為に死んだ。

 わたしの国はマガツに滅ぼされた。

 幾度も空襲があった。

 幾つもの街が燃えた。

 

 幼年学校の仲間が、飛翔学校の同期が、同じ大隊の戦友が次々と死んだ。

 

 わたしは沢山の人々を巻き添えにした。

 とても負いきれない数の犠牲を出してしまった。

 

 

 すべてはマガツを滅ぼす為だ。戦争に勝つ為だ。

 

 

 だけど、マユハは違っていた。

 恐らくマユハはずっとマガツに協力していたのだろう。

 奴らに「いい情報」をもたらしていたのは、わたしのパートナーだったのだ。

 

 

 なんてざまだ。なんという無様だ。まったくお笑いぐさだ!

 

 

 その上、一緒に来い?

 全部、なにかもかも投げ捨てろというのか?

 彼女と引き換えに、全部?

 わたしの復讐も憎しみも忘れろと?


「どうでもいいよ、それも。この子達が憎いなら、憎いままでいい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ひょっとして、大きなターニングポイント? それとも、これも幻想?
[一言] 本物のマユハ・ノボリリの身体だけ乗っ取った感じなんですかね? 初めて会った時にマユハだけ無事だったのも、今思うとおかしかったですもんね。 グレンラガンみたいなラストにならないことを祈るばかり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ