捕縛
凄まじい勢いで身体が座席にめり込んだ。
視界が狭く、暗くなっていく。
足元への強烈な加速度により、脳へ向かう血流が妨げられているのだ。
引き起こしっ!?
とりついたマガツ達が目一杯、羽根を広げていた。
失われた機械の翼をおぎなうかのように。
しかし、そう簡単に上がるものではない。彼らと比べればメルカバはずっと大きく、重いのだ。
強烈な空気抵抗に耐えられず、一体のマガツの羽根が千切れた。
機体外板に食い込んだ爪も引き剥がされそうだ。
それでもマガツ達はやめようとしなかった。
襲撃巣の寸前で機体の機首が上がった。
だが接触は避けられず、メルカバの尾部は巣の外壁に激突した。
反動で機体は跳ね上げられ、マガツ達は振り落とされた。
もはや、機体は飛翔していない。
ただ落下するのみだった。
ところが下方から中型のマガツが滑り込んでくると、メルカバをその背で受け止めてしまった。
中型マガツは大きく羽根を震わせ、速度を上げた。
そのまま機体はマガツに運ばれ、クルグス上空を飛んでいく。
わたしは笑うことさえできなかった。
何これ?
何が起きているの?
マガツ達が連携してわたしを――助けた。
馬鹿な。こんなのは嘘だ。
いや、でも事実だ。現実だ。
ダメだ、落ちつけ。落ちついて考えなくては。
何かの偶然? まさか、あり得ない。
わたしを捕縛した? してどうする……いや、あり得るか。
マガツは今までも捕虜を得ていたのかも知れない。
人間から情報を吸い出す何らかの手段があるのかも知れない。
感染モードを起動できる操縦者はわずかしかいないのだ。
わたしがその一人だとマガツが気付いたなら、標的になってもおかしくない。
いつの間にか、何体もの小型マガツが我々と並行して飛んでいた。
この中型マガツを護衛しているように見える。
そうだ。マガツは頭がいい。
前々から感じていたことだ。
マガツは外見からは想像もつかないが、恐ろしく頭がよかった。
だから、我々の痛いところを的確につけるのだ。
詳しくわたしを調べることで、感染モードへの対抗策を見出そうとしているとしたら――自決が必要になるだろう。
□
「あのまま市外まで運ばれていたら、本当にやっていたでしょうね。銃がなくても方法は色々あるから」
「ロゼは兵士としては、いささか模範的に過ぎますね」
困ったようにアルは言った。
わたしは大仰に肩をすくめてみせた。
「人類の命運がわたしの双肩にかかっている――そう思っていたのよ。当時はね」
「それは実際そうですよ。あなたの活躍がなければ、地上のすべてはマガツが支配していたはずです」
「なのに、お目こぼしはされないのね? ひどい話だわ」
「――国家保安局は彼らなりの基準で物事を判断しています。嫌われ者ですが、誠実ではあるんですよ」
ほう? わたしが視線を向けるとアルは穏やかに笑った。
見事な受け流しだ。
「ロゼのことも注視はしつつも、特に手出しをする予定はなかったようです。ただ……」
「状況が変わった?」
「ええ」
「ふうん。どんな風に?」
「俺にはわかりません。きっと、これから貴女が話してくれることが関係しているんじゃないかと思ってますが」
穏やかな笑顔は崩れない。
瞳は静かな湖面のようだ。どんな小さな影もくっきりと映し出されてしまいそう。
わたしは記憶を探った。アルはこんな人だったっけ?
まあ、いいか。
どちらにせよ、話さなくては彼は納得しない。
「――中型マガツに乗ったまま、クルグスの城壁を越えようとしていたの。ちょうどその時、膨張する呪圏がこちらに追いついた」
「呪圏内に入って、ロゼを運んでいたマガツは死んだんですね?」
「もちろん。中型マガツだけじゃない。クルグス周辺のマガツ、全部が死んだわ」
巻き添えになった者が大勢いる。
15万の住民と3万弱の地上軍、空戦を切り上げられず、退避し損ねた十数機の飛翔軍。
勝利を祝するには犠牲があまりに多すぎた。
さらにロサイルを加えると、たった1日でほぼ50万人。
これほど短期間での大量殺戮は人類史上、類を見ないだろう。
「メルカバはもう飛べなかった。発動機も両方壊れてしまったし、そのままクルグスの郊外に胴体着陸……いえ、墜落したのよ」
実際のところ、機体はもう屑鉄同然だった。
わたしはなんの制御もできず、中型マガツの背からただ滑り落ちたのだ。
上手く着地できたのは、純粋に運のたまものである。
「着地の衝撃で少し気絶していたみたいね。呪術成就のフィードバックが来て、目が覚めたけど」
実際、あれは――あのあまりに行き過ぎた快楽は、ひたすらおぞましいものだった。
どうにか耐えてやろうなどと、思い違いもいいところだった。
繰り返すことで慣れるものもあるが、より鋭敏になってしまうものもある。
感染モードのフィードバックは後者だったのだ。
おまけにわたしはその時、心身両面がぼろぼろになっていた。
とてもではないが、フィードバックに耐えられる状態ではなかった。
「発狂してもおかしくなかったわ。いえ、ほとんど狂っていたと思う……」
記憶が飛んでいて、細かくは覚えていない。
思い出すことを身体が拒否しているのだ。
たぶん、苦悶のあまり機体から転げ落ちたのだろう。
わたしは泣きわめきながら地面をのたうち回っていた。
悪行にふさわしい罰が下されたのだ。




