自己満足
「いますぐ全機を退避させろっ! でなきゃ、あんたの真上に槍を落とすわよっ!!」
フレイからの返事はなかった。
耳に届くのは自分自身の荒い呼吸だけ。
向こうはその気になればわたしの心身を操れる。
だからどうした。
わたしはもうそれを知っているのだ。ならば、多少の抵抗はできるはず。
この意思をねじ伏せるつもりなら、全力で逆らってやるっ!!
だが幸いにも、脅しは効いたらしい。
味方機は一斉に翼を翻すと、クルグスの城壁外縁へ転針し飛び去っていく。
バモンド少佐と他の援護機達もわたしから離れ、遠ざかる。
まるでマガツのように統制の取れた行動――呪いによる強制操作の賜物だった。
わたしはほっとした。
自分がこれからやることを思えば、味方機を退避させてもあまり意味はない。
ただの自己満足、偽善に過ぎない。
マガツに制圧されているクルグスの住民は15万人。恐らくその大半はまだ生きている。
彼らはこれからわたしが殺す。
そう、地上軍の将兵も……知り合いも友達も。リニアだって例外にはならない。
なのに、わずかな飛翔兵だけを助けてどうする?
――ぜんぜん無意味。わかっているはず。
そうね、そう断じられても仕方がない。
まさにその通りだと認めてやってもいい。
だけど、わたしはわたしの仲間達を助けたかった。
助けられる者は一人でも多く救いたかった。
そうせずにはいられなかったのだ。
――そうね。それがあなた。
「友軍機の退避を確認! これより降下を開始するっ!!」
機首がぐるりと下方を向く。
急降下を開始。
穴だらけの機体は激しく振動した。操縦への反応も鈍い。
降下制限翼も破損しているのか、展開しても速度があまり落ちない。
これでは精密に狙いを定めるのは難しい。
しかし目標は大きいのだ。
襲撃巣のどこかに命中しさえすれば目的は果たせる。
ただ、呪槍を投擲後、機体を引き起こすことはできないだろう。
半壊した機体は急激な引き起こしに耐えられないはずだ。
空中分解するか、地表に激突するか。
わたしの運命はそのどちらかに確定している。
意外にもほっとした。いくらかでも心が慰められる気がした。
罪の深さにおののく時間は、ほんの数秒でいい。
すぐにチプスとリニアのところへ謝りに行けるのだから。
「――投擲っ!!」
高度500mで呪槍を切り離した。
振動のせいでほとんど前は見えないが、手応えがあった。
瘴気を吹きつつ、槍は一直線に襲撃巣へ向っただろう。
呪槍は巣に直撃する。そしてクルグスは滅びるのだ。
□
「――そんな状態でよく無事でしたね」アルは感心したように、
「俺がベルゲンに生きて帰れたのもメルカバのお陰です。あれはいい機体でしたね」
と、独りごちた。
わたしも機体の頑丈さに助けられ、首尾よく助かったと思ったらしい。
「いえ、違うのよ。予想通り、引き起こしはできなかった。機首が全然上がらなくて」
当然と言えば当然である。翼も発動機も半分しか生きてなかったのだ。
空中分解しなかっただけでも、僥倖だった。
「ええっ? じゃあ、どうやって――」
アルはきょとんとしている。
わたしは苦笑いするしかなかった。
何かあったと確信しているからこそ、詳しく話せと言ったくせに。
まあ、彼の立場では仕方ないか。
わたしから話すように仕向けているのは、アルなりの優しさかも知れない。
「助けてもらったのよ。マガツにね」
□
呪力で筋力を強化して操縦桿を引いたが、ダメだった。
操縦に対応する機能が半壊しているのだから、引き起こしができるはずがない。降下前からわかっていたことだ。
このままだと地面より先に襲撃巣の外壁にぶつかるわね。
機体は槍の少し後に激突し、それでおしまいだ。
ひどく平静な気持ちでわたしは迫り来る死を見詰めていた。
諦観が身体の隅々まで行き渡っている。
自分を助ける動機はどこにも見当たらなかった。
あれだ。あの壁がわたしの終わりだ。
あともう少しで終わる。
もうすぐ終わる。
もう――
「――っ!?」
がくん、と機体が揺れた。
天蓋のすぐ外からわたしを注視しているのは、マガツの複眼だった。
「とりつかれたっ!?」
振り落とさなくてはっ!!
不思議なことにわたしはそう思った。信じられないくらい、無駄な行動だった。どうせあと数秒で死ぬのに、無意味極まりない。
がくん、がくんとまた機体が揺すられる。
さらに数体のマガツがメルカバにしがみついていた。マルスの死に様が脳裏をよぎる。
くそっ、墜落死はいいが、奴らに殺されるのは嫌だっ!!
いや、まて。
このタイミングならこいつらをわたしの巻き添えにすることも――
「――ぐうっ!?」