槍を突き刺せ
突然、周囲のマガツが一斉に砕けた。
強力な機関砲が数十門もないとこうはならない。
飛散する破片を忌避するように、一斉にマガツ達が離脱する。
四機のメルカバが猛烈な速度でわたしの機を追い抜く。
逃げるマガツに追い討ちをかけているらしい。
さらに二機のメルカバが後方上空から舞い降りてきた。
一機のマーキングは我が第102飛翔戦闘団の第二大隊――
「バモンド少佐っ!?」
『大丈夫か、ボルド? いや、これはひどい有様だな。やはり、発動機の調子が悪いらしいな!』
短距離回線から流れる笑い声は、間違いなくバモンド少佐のものだった。
撃墜されたのではなかったのか。
『撃たれたが、急降下したら運よく火が消えたんだ。ただ、主燃料タンクをやられてベルゲンまで戻れなくなった。困っていた時に放棄された野戦飛行場を見つけてな』
飛行場の地上作業員は撤退していたが、マガツもいなかった。
バモンド少佐は無事だった副燃料タンクに燃料を補充し、さらに外部燃料タンクを取り付けた。そして帰路の途中で状況を知ったのだ。
『で、お前の援護に駆り出されたのさ。飛んでいる最中に再編成を受けたのは初めてだったよ!』
他の機体は別の戦闘団の所属のようだ。
だが、みんな腕は確かだった。的確な機動でマガツを翻弄し、機関砲の短射で的確に粉砕していく。
『それはそうだろう。三名は飛翔教導団の教官、他の三名も俺を含め、全員実戦叩き上げから佐官になった連中だ』
急場しのぎの編成だったはずだが、あり得ないほどのエリート部隊になっている。
「すみません、本来ならわたしが援護する側にまわるはずなのに」
『気にするな。どの道、俺達が率いるべき部下はいないからな……』
苦い声でバモンド少佐は答えた。
少佐は健在だったが、他に第二大隊の機影はなかった。
フレイヤが語った情報はほぼ正しかったのだろう。
結果、各部隊の中でも飛びぬけて優秀な操縦者だけが生き残ったのだ。
援護機はわたしの周囲を飛びまわり、マガツを屠っていく。
『頼むぞボルド、恨みを晴らしてくれ! お前がみんなの敵を取るんだ!! 何としてでもマガツの巣に槍を突き刺せっ!!』
「……っ!!」
嫌です、と答えそうになり、わたしは驚いた。
何故だ? どうして……ああ、そうか。
――思い出した?
殺しすぎたからだ。マガツも人も殺しすぎた。
だからもう嫌だ、もうたくさんだと思ったのだ。
――どうする? それで。
どうって決まっている。
やる。殺す。もう、そうするしかない。
わたしはここに立っている。
マルス、ガルウィン、チプス、アル、ムンスター、バモンド少佐、数多の将兵達。
彼らがわたしをここに立たせた。彼らの犠牲と献身はわたしの為だ。
わたしに目的を果たして欲しいからだ。
つらいから、嫌だから、誰かに代わってもらう?
本音ではそうしたい。
大勢の罪なき人々を犠牲にする役は、誰かにやって欲しい。
でも誰かって誰?
誰ならこの役割を果たせるの?
そんなの、わたししかいない。
わたししか、いないじゃないっ!!
引き返したかった。
けれど、積み上げて来た屍のすべてを踏みつけにできるのか。
みなさんの死は全部無駄でした、と言えるのか。
無理だ。
それはそれでとても耐えられない。
もうここに至っては退路はないのだろう。
馴染み深いクルグスの住民……そしてリニアを切り捨てる。
わたしはそれをやる。
彼らを助けることはできない。彼らの死をもっと大勢を救う為に活用する。
せめてそうするしかないのだ。
「……了解です、バモンド少佐」
呪槍に呪力を注ぐ。
どんどん、どんどん注いでいく。
見境なく殺し尽くす為に。誰彼なく呪う為に。怨念をぶち撒ける為に。
周囲の戦闘が認識の外へ去っていく。
わたしは呪槍と一体になっていた。
わたしはただの呪いだった。
まがまがしい瘴気をまとい、不気味な燐光を帯びた槍は、まさに害意の結晶と化した。
そう、恨みによって化けたのだ。
誰もがわたしを恐れるべきだった。
もう一度、見せてやる。
人の恨みがどれほどの破滅を到来させ得るものか。
恨みだけを抱えた人間は、どうなってしまうのか。
誰もがわたしを教訓とすべきだった。
こんな風に――なれ果てない方がいいのだと。
援護機のお陰で襲撃巣の至近にまで到達した。
何もかもいまさらだ。やるしかないのだ。
わたしがクルグスを滅ぼす。
操縦桿を引き、メルカバを上昇させる。
よろめきながら、機体は徐々に高度を上げていく。
不意に失速や横転をしそうになる。バランスを取るのがひどく難しい。
まるで傷つき、疲れ果てた老婆のようだ。
やっと高度6000mに達した。
上空から見下ろすと、襲撃巣の周囲は激しい戦いの渦となっていた。
この状況で槍を使えば、みんな呪圏に捕まってしまう。
わたしは長距離回線で司令部を呼び出した。
「こちらボルド大尉、突撃高度に到達した。司令部、全機に退避命令を!」
『……退避は許可できない。ボルド機は直ちに降下攻撃を開始せよ』
「ふざけるな、退避が先だっ!!」
言ったものの、実際のところ時間の猶予はほとんどない。
わたしの機体はもう旋回すらおぼつかない。
燃料もほぼ空になっている。
敵に攻撃されるまでもなく、ほどなく墜落するだろう。
許可を取り、司令部から命令を伝達――いや、即座に行動開始させなければ到底間に合わない……!
ここが正念場だった。
意地を張るならここをおいて他にはない。
わたしは怒鳴った。
「――フレイっ!! どうせ聞き耳立てているんでしょ、このくそったれ!!」