突撃の号令
強襲巣への攻撃は激戦となった。もはや奇襲効果など存在しない。
力ずくでマガツの防衛部隊を突破しなくてはならなかった。
無論、わたしとムンスターだけでどうにかなるものではない。
司令部は使える戦力を総ざらいし、惜しげもなくクルグスへ投入していた。
成功率を少しでも上げるには、そうする以外なかったのだ。
わたし達がクルグスの周辺空域へ到達した時、すでに戦闘はたけなわとなっていた。
□
夕暮れの空一面に小さな影がさかんに飛び交っている。
破片をまき散らし、爆発する機体。
機関砲に引き裂かれるマガツ。
敵も味方もない。まるで競うように煙を噴き、墜ちていく。
地上でもちかちかと閃光が瞬いている。
海岸線から後退してきた地上軍と郷土防衛隊は、即席の混成戦闘団を編成。
マガツの地上種と交戦しているのだ。
上から見ると形勢がよくわかるのだが、味方の旗色はかなり悪かった。
マガツにこちらの狙いはばれている。
奴らは孵化を急ぎ、できるだけたくさんの地上種を送り出していた。
戦闘が続く間にも新たな地上種が補充されてしまい、きりがない。
逆に混成戦闘団は積み重なった損害に耐えかねており、圧倒されようとしていた。
『下がまずい状況ですな。支援してやりたいですが……』
悔しげにムンスターは歯がみした。
わたしも彼も機関砲弾はもうわずかしか残っていなかった。
何より、我々には地上攻撃よりも重要な任務がある。
すべての味方は、わたしに槍を突き立てさせる為に戦っているのだ。
「――こちらボルド大尉。目標を視認、突撃位置についた」
長距離回線で司令部に告げる。
彼方に黒々と浮かぶシルエットはロサイルで見たものとそっくりだった。
マガツの強襲巣だ。
何故か慄然たる思いにかられ、身体が震えた。
大丈夫、わたしはやれる。
もう一回、やったじゃないか。
しかし、途中で合流するはずの援護機がまだ姿を見せない。
そうこうするうちに、司令部から突撃の号令が下されてしまった。
『全攻撃隊、突撃せよ。繰り返す、全攻撃隊、突撃せよ。行け、行け、行けっ!!』
「ムンスター、後ろはまかせたわ。行きましょう」
『しかし、援護機がきていません!』
フレイヤによる誘導管制は使えないのだ。
混乱した戦場で援護機と合流できなくても不思議はない。
「この状況では仕方がないわ。待っているわけにはいかない』
『――了解っ! ちくしょう、司令部の愚図共め! この落とし前は後できっちりつけてもらうからなっ!!』
ムンスター機を引き連れ、わたしは突撃を開始した。
攻撃に赴くのは、わたし達だけではない。
四方八方から数十機のメルカバが呪槍を抱え、強襲巣へ迫っているはずだ。
しかし、実際にはわたししか感染モードを起動できない。
他の機はマガツに狙いを絞らせない為の囮なのだ。
地上軍はもっと悲壮な役割だった。
彼らは少ない戦力でクルグスを取り囲んでいた。
クルグスから逃れようとするマガツの地上種を足止めしているのだ。
つまり、地上軍は呪圏内になると目される位置に踏み留まり、戦っている。
呪いが発動すれば、彼らは確実に巻き込まれる。
任務達成と全滅がほぼ同義だと、兵士達は知っているのだろうか。
恐らく、何も知るまい。
飛翔軍が呪槍を叩きこむまで時間を稼げ。
人類の存亡がこの戦いにかかっている――そんな訓話をされているだけだろう。
わたしが彼らも殺すのだ。みんなまとめて、命を奪う。
だが、任務だ。
任務だから――仕方、ない?
正面に出現した小型マガツを機関砲で粉砕する。
いけない、集中しろ!
任務から気をそらしてはダメだ。余計なことを考えては失敗する。
マガツを殺せなくなってしまう。
――それが怖い? 殺せなくなるのが。
当たり前じゃない。わたしはその為に生きてきたんだから。
――殺せれば満足? 殺す為に生きているの?
当たり前じゃない。他に何があるの?
他には何もない。復讐以外、わたしは何も持っていない。
何も――何も――違う?
そうだ。
何かがあった。誰かいたはずだ。
『大尉、前方より敵集団っ!!』
10体あまりのマガツが真正面から急接近してきた。
機関砲の引き金を絞るが、発砲はすぐに止まってしまった。
とうとう弾が尽きた。攻撃手段はもうない。
かわすしかない!
次々に迫ってくるマガツを紙一重で回避していく。
だが、高速で飛来する尖甲弾まで避けるのは不可能だった。
立て続けに猛射され、次々に被弾する。
かすめた弾が天蓋に亀裂が生じさせる。
右翼も引き裂かれた。
わたしは横転しかける機体を必死に立て直す。
今度は左の発動機に着弾。
発動機を緊急停止させ、爆発を回避。
ようやく全部かわしたと思った瞬間、斜め上方から次の集団が迫ってきた。
いや、それだけではない。
前後左右、どこもかしこも敵だらけだ。
破損が激しく、メルカバの動きは鈍かった。まだ飛んでいるのは奇跡に近いだろう。
わたし自身、疲労で反応が落ちていた。
ベルゲンから出撃して以来、何時間も操縦を続け、空戦を繰り返しているのだ。
体力と共に呪力、精神力も摩滅している。
敵が一斉射撃。
赤熱した尖甲弾が雨のように降り注ぐ。
回避する術はもうなかった。
ダメだ。これはとても目標までたどり着けない……っ!!
諦めかけた時、ムンスター機が急加速してわたしの機体に覆い被さった。
『行ってください、ボルド大尉っ!!』
機体の破片が飛び散った。
多数の命中弾を喰らい、さしものメルカバも飛翔機能を喪失。
ムンスター機はきりもみ状態となり、漆黒に染まる大地に激突した。
ああ、まただ。また、わたしの盾になって仲間が死んだ。
いまや我が中隊の戦力はわたしだけだった。
後方からマガツが追いすがってくる。
引き離せない。スロットルは既に一杯なのだ。
ぼろぼろの機体はふらつき、まともに飛ぶことさえ困難だった。
わたしの機体はマガツの群れに包まれつつあった。
機動の余地を潰し、確実に仕留めるつもりなのだろう。
次に撃たれたらおしまいだ。
「――っ!?」