恨みを晴らして
解体処分だって?
ではフレイヤは壊れた……いや、死んだのか。
光栄ですわ、中尉。PLSのおかげで願いがかないました――彼女はそう言っていた。
声を弾ませて、とても嬉しそうに。
『ボルド大尉、君については自分でもわかっているだろ? PLSなんか使わなくても、血を媒介にすれば呪いをかけられる。実を言えば、僕がやったんだけどね! 本当に使い勝手がいいね、人間の身体という奴は!』
PLSとの接続の為に採取された血液。
フレイはそれを使ってわたしに呪いをかけ、干渉したらしい。しかし飛翔兵の血液は、厳重に管理されているはずだ。わたしだってどこに保管されているかすら把握していないのに。
『ああ、ついでに言えばミードだっけ? あいつは先に呪言でマガツに取り込まれちゃったんだよ。下手に自己強化の能力があったものだから、こちらからの干渉は防がれちゃってさ。仕方なく、君に殺してもらったわけ』
べらべらとフレイはしゃべり続けた。
話し方はまるで違うが、誰かとそっくりだ。
『あのままだと君達があいつに殺されていた。僕が介入したから助かったんだ。感謝して欲しいね!』
わたしは明かされた情報に圧倒され、口を挟めないでいた。
『あとね、強襲巣はロサイルだけじゃない。クルグスにも落下したんだよ』
「なんですって……!?」
クルグスは飛翔実験団のある街だ。
郊外にわたしとマユハの館がある街だ。
15万の人々が住む街だ。
なにより、リニアがいる街なのだ。
そこに強襲巣があるというのか。
『そっちはそっちで別の奴を向かわせてたんだけど、フレイヤのせいで墜とされちゃってね。まったく困ったもんだよ』
わざとらしくため息をつくと、フレイは言った。
『さて、そろそろ理解できるよね? もう一度だ、ロゼ・ボルド』
自分の顔が青ざめるのがわかった。
つまりフレイは……クルグスの強襲巣を攻撃しろと言っているのか。
わたしが、呪槍で、虐殺を――また?
「嫌よ」
『うーん、そう言われてもね。人も死ぬけど数は最初の半分だよ。気楽なもんでしょ?』
「嫌だってば、冗談じゃないわっ!!」
『おやおや。君は立場をわかってないね。これは司令部からの命令なんだよ。ロサイル殲滅で風向きが変わってね』
楽しげにフレイは語った。
ロサイルはずっと偵察機によって監視されていたらしい。
分析の結果、強襲巣の脅威は博士の警告通り、破滅的なものになると推定された。
しかし、感染モードの呪槍による攻撃で巣の殲滅に成功。
ベルファスト博士の提言は正しかった――渋々ながらも司令部はそう認めたのだと。
わたしは呆然とした。
せい、こう?
命の気配が消えた街。
物言わぬ骸がびっしりと敷き詰められた、あの光景。
成功だって?
みんな、わたしがくびり殺したも同然だ。
いや、実際にそうしたのだ。
押し寄せた呪術成就のフィードバック。
凄まじい快楽の海に溺れかけて。
あれが成功?
誰も彼もわたしの呪いで死んだのだ。
彼らの苦悶はわたしのせいだ。
成功だったから、またやれって?
「……狂って、いるわ」
『君の見解は君の自由だ。正式な命令だから、拒否権はないよ。いやあ、兵隊さんは大変だね! でも安心するといい。呪いで汎人達も死んだことは極秘事項だ。君がロサイルやクルグスの関係者から恨まれることはない。命令に従う限り、倫理的な問題も一切ない。僕が保障するよ』
「……よ」
『ん? ああ、疑っているなら司令部につなごうか? なんなら飛翔軍の総監から直接……』
「嫌よっ!!」
すうっと空気が冷える。
静かな含み笑い。フレイはむしろ、うっとりした調子でしゃべり出す。
『いいねぇ、その粘ついた感情。わかるよ。すごくよくわかる。ああ、この身体を手に入れて、本当によかった……!』
何を言っているのだろう?
いや、そもそもフレイは何者なのか。
『でも、駄々をこねている場合じゃないのさ。父の計画に支障が出たらそれこそ一大事だ。命令だ、ロゼ・ボルド。クルグスに向かい、強襲巣のマガツを殲滅しろ』
返答は勝手に口から滑り出た。
「了解」
命令だ。
クルグスへ行かなくちゃ。
ちょっと待って。
命令だ。
クルグスへ行くには方位を変えなくちゃ。
待てってば!
これじゃまるで――まるで、なんだ?
操り人形か。
だけど、わたしは兵隊だ。
兵隊は命令には従うものだ。操り人形で当然だ。
そう、その通りだ。完璧に正しい。
『よしよし、いい子だ。方位0-1-4に転針しろ』
指示が来た。これで問題はなくなった。もう迷う必要はない。
「ムンスター、聞こえていたわね? クルグスへ行く。旋回して方位0-1-4へ」
『――方位0-1-4、了解』感情の抜け落ちた声でムンスターが応じる。
わたし達は機体を旋回させた。
太陽は西の空にあり、夕闇が忍び寄っていた。
クルグスに着く頃には日は落ち、燃料はほとんどないだろう。
もはやベルゲンへ帰還することはかなわない。
だが、仕方ない。命令だ。命令なのだ。
いいことだってある。
感染モードで呪槍を使えば、マガツをたくさん殺せる。
わたしはそれをやる。わたしは奴らの敵なのだから。
『あははははっ! そうそう、それでいいんだよ。やる気が出ただろ? 僕の植え付けと君の感情は区別ができないからね!』
ごちゃごちゃうるさいな。
命令は実行しなければならない、当然だ。
わたしが考えるべきことは、任務をいかに達成するか。
マガツをいかに滅ぼすか。
それ以外は些事だ。なんでもないことなのだ。
『恨みを晴らしておいで。マガツを殺しておいで。じゃあ、がんばってね』
わかっている。言われるまでもないことだ。
ムンスターだってそう思っている。だから黙って従っている。
わたし達はきちんと編隊を組み、クルグスへ進行した。
ああ――あの娘とはもう会えないかも知れないな。
ふと、そう思った。
深い失望と奇妙な安堵が入り交じる。混乱したせいか、涙が一粒、頬を伝った。
めそめそするな。しょせん、これも些事だ。
どうせ、二人で幸せに暮らす未来はもうないのだから。




