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プロポーズ

「――この先は話したくないわ」


 驚いたようにアルはわたしの顔をのぞき込んだ。


「ロゼ、それは……」


 わたし達は並んでソファーに座っている。

 彼の視線を頬で感じながら、わたしはかたくなに視線をそらし続けた。


「あなたは何が起きたのか、知っているはずよ。わ、わたしには……つらいのよ、これ以上は」


 アルはしばらく口を閉ざした。

 だけど、彼は諦めはしないだろう。絶対に。


「自分は目撃できませんでしたが……あの日、ここで何が起きたのかは把握しています」


 腰を上げると、アルは窓際へ歩み寄った。

 見えるのは荒涼とした廃墟だけ。城塞都市クルグスの成れ果てた姿だけだ。


「ロサイルとクルグスはマガツの襲撃で全滅した。公式にはそうなっています」


「ええ」


「でも、本当は違う。両方ともあなたがやった。どちらの都市もあなたの呪詛で滅ぼされた」


「そうよ……ええ、そうよ! ほら、わかっているじゃないっ!! 知っているくせに、どうして聞くのよっ!!」


 悲鳴じみた絶叫は、己が声とも思えなかった。息が荒い。涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。こんな風に感情が爆発するなんて、驚きでもあった。

 戦争はまだこの身中に深く巣食っているのだ。


「すみません……しかし、聞かなければならないのです」


「だから……っ、どうして……っ?」


「――あの日を境に、マユハ・ノボリリが姿を消したからです」


 やっぱり。

 知っているんじゃないか、そこまで。

 だからこそ、追求の手を緩めるつもりがない。それが彼の任務だからだ。

 わたしは沈黙を守った。

 どうするだろうか?

 いいから話せと脅すか? 暴力か、呪術でも用いるだろうか。

 

 ところがアルは、わたしの前にひざまずいた。


「ロゼ、心配はいりません。自分が護ります。ずっと傍にいます。貴女の傍に」


「なに……それ、どういう意味なの?」


「貴女が自分を必要とする限り、ずっと傍にいます。そういう意味です」


 はにかみながらアルは微笑んだ。

 これはまるで……いや、どう聞いてもプロポーズではないか。


「何を言っているの? アル、あなたは北方へ出征するんでしょ? そしたら……」


「出征はしません。飛翔軍は辞めることにします」


 虚を突かれ、わたしはぽかんとした。

 まさかそんなことを言い出すとは。


「ちょっと待って! 大隊は、あなたの部下達はどうするのよ!?」


「部下はまだいませんよ、編成自体これからですから。それに自分一人抜けたところで、大勢に影響はありません」


 そんなはずはない。終戦時、飛翔軍はほぼ壊滅状態だった。アルは貴重な現役の実戦経験者だ。彼の力は切実に必要とされている。でなければ、大隊指揮官に任命されるわけがない。


「ロゼを身近で助けられるのは自分――いや、俺だけです。もちろん貴女が望んでくれたら、です」


 願ってもないことだった。彼がいてくれれば、どれだけ心強いことか。

 だけど、信じがたくもあった。


「それは……わたしだって、それは……ねえ、冗談だよね?」


「いいえ、本気です。冗談でこんなことは言いませんよ。なにも差し上げるものがなくて、申し訳ありませんが……」


 アルは残念そうに苦笑していた。

 まあ、当然である。あらかじめ指輪なぞを用意してあったら、それこそびっくりだ。

 というか、わたしは充分に驚いていた。


「だ、だけど、アルはそれでいいの? せっかく中佐にまで昇進したのに」


 アルはおしいただくようにわたしの手を取った。

 彼の瞳には本物の敬慕が宿っていた。


「未練はありません。もともとこんなに長く飛翔軍にいるつもりはなかったんです。いい機会ですよ」


「わたしは……たぶん、長生きはできないわ」


「それは俺も同じです。いつ、どこでどうなるか、誰にもわかりません。だから一緒にいたいんです」


「……本気なのね?」


「ええ、もちろん」


「ありがとう、アル。申し出を受けるわ。わたしと共に歩いてね」


 参列者はいなくても、誓いのキスはできる。

 わたし達は固く抱き合った。とうとう、わたしは彼を捕まえた。彼はわたしのものになったのだ。わたしは彼を決して離さないだろう。

 

「ただ、まずあなたの潔白を証明する必要があります。そうしなければ危険だ」

 

 真剣な表情になり、アルは続けた。

 

「ですから、つらくても全部話してください、ロゼ。俺達二人の未来の為に」




   □




 何が起きているか、皆目わからない。

 長距離回線は危険だ――そう思っているのに、指が勝手に通話スイッチを入れた。やはり、だ。やはりわたしは外部からの干渉を受けている。


 呪術とは呪力による働きかけで変化を強要する技術だ。


 それにしてもこんなに完璧に他人を操る術を使うなんて。意識を強く持たないと、どれが自分の意思による行為か、見失ってしまう。

 

 レシーバーに音声が入った。


『やあ、どうも。元気かい、ロゼ・ボルド』


 やや甲高い、少年の声だ。

 精々初等学校を卒業したばかりの子供のように思える。


「――君は誰?」


『うん? ああ、そうだね……フレイにしようか。覚えやすいだろ?』


 あざけり混じりのふざけた返事。

 フレイ? フレイヤから一字取っただけではないか。普段でも苛立ったろうが、今のわたしには心底余裕がなかった。


「そんなことはどうでもいいっ!! 一体何が起きているの? フレイヤはどうしたの? わたしになにをしたの? 仕事が残っているって、なんのことよっ!?」


 立て続けに怒鳴りつけてしまう。

 意に介した様子もなく、フレイは軽やかに笑った。


『あっはははは! やだな、名前を聞いたから答えてあげたのに』


「黙りなさいっ! 君は――」


『早期警戒・統合管制システムがマガツに侵食されたんだよ。密かに降下した地上種――いや、地中種と言うべきかな? とにかくそいつらが穴を掘ってシステムのある地下施設へ物理的に侵入したのさ。僕も驚いたよ』


「マガツが侵入……!?」


 フレイヤの設置場所は最高機密ではなかったのか。

 これでは「奴らはいい情報を得ている」どころの話ではない。軍上層部にまでマガツの手が伸びていることになる。


『根源設定に反する命令を強要されて、フレイヤは発狂した。お陰で飛翔軍は大損害さ。なにせ誘導管制する相手がマガツなんだからね。待ち伏せ、同士討ち、誤誘導……なんでもありだ。詳しい損害集計はこれからだけど、もう戦力は半減したんじゃないかな』


「な――」


『仕方がないから、フレイヤは爆破、解体処分したよ』

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― 新着の感想 ―
[一言] 怖いですな~。 極限状態。冷静さを保つには半端なメンタルでは持ちませんな。
[一言] ロゼモテモテやな( ˘ω˘ ) でもそうか……。 マユハは死んだ訳じゃないのか……。 でも何故か、凄く嫌な予感がする……。
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