それはダメ
「ファレス少尉、6時上方っ!!」
わたしの叫びは届いたのか。
ほんのわずかの回避機動しか、彼には許されなかった。マガツを粉砕する為の機関砲弾がアルの機体を連打した。破片を撒き散らし、煙を吹いて後逸していくメルカバ。
高速で下方へ通過したチプスを追い、ムンスターがわたしを追い越していく。
『ミードっ、貴様ぁっ! 味方を撃つのかっ!!』
ムンスターが吼える。彼の機体も被弾しているようだ。
格闘戦はチプスの独壇場だった。身体強化が得意な為、普通の操縦者では不可能な無茶な機動をこなせる。
一体、どうすればいい?
こちらを撃墜するつもりでチプスは射撃している。
フレイヤの呪いで完全に常軌を逸してしまったのだろうか。通話で呼びかけた程度で正気に戻るとは思えない。
正直、手の打ちようがない。燃料も心配だ。
もうチプスは放置し、ベルゲンへ向かうしかないのでは――?
いや、ダメだ。
彼はわたしの部下なのだ。
ロサイルまで連れてきたのはわたしだ。無残な結果を招いた任務にわたしが付き合わせた。責任を持つべきなのはわたしだった。
まずアルの機体はどこに――いた。
かなり低い高度をよろめきながら飛んでいる。
「ファレス少尉、まだ飛べる!?」
『は――はい、なんとか……自動消化装置が利きました。どうにかなりそうです』
咳き混じりの声。
操縦席内に煙が入ったか――あるいは怪我をしたのかも知れない。どうあれ、飛翔中は助けてやることはできない。
「君はこの空域から離脱し、ベルゲンへ先行。状況を司令部へ伝えろ! ただし、くれぐれも長距離無線は使わないこと!」
躊躇しつつも、アルは了解を返した。
命じてもいないロサイル攻撃成功の報に混乱が生じるだろうが、仕方ない。発動機を吹かし、わたしは二機を追った。
チプスは呪槍を抱えたまま対処できる相手ではない。
余計な荷物は投棄しよう。
――おっと、それはダメだね。
切り離しレバーが……動かない!?
こんな時に故障なんて!
くそっ、不運に拘泥している場合じゃない。冷静に判断して、迅速に行動しろ!
わたしは味方同士の空戦に目を向けた。
ムンスターは射撃位置につこうとしているが、果たせない。小刻みな機動でチプスは相手を翻弄していた。
突然、チプス機は急上昇しつつ、錐揉み旋回を仕掛ける。
ムンスターは振り切られ、視界からチプスを見失ったようだ。
悠々とチプスはムンスター機の後方に占位。
機体を安定させ――機首が発砲炎で彩られた。
「やめろっ、ミード中尉っ!!」
瞬間的に見越し角を計算し、わたしも発砲。
斜め後方から放たれた機関砲弾は、チプス機の前方を通過した。弾かれたように機体を振り、チプスはメルカバを離脱させた。
うまく牽制できたらしい。
わたしは降下して逃れるチプスを追った。
しかし追随しようにも相手の機動についていけない。
わたしとチプスでは身体も機体も強化の桁が違うのだ。
ほんの十数秒で振り切られ、チプス機は視界から消えてしまった。
しまった、どこに行った?
慌しく周囲を見渡す。
前方、後方、左右、上……どこにもいない。そんな馬鹿な。
ぞくりと背筋が冷えた。
とっさに機体を横転させる。垂直に天を指す翼の向こう側を機関砲弾が流れていく。地上側に目を向けると、チプスの機体が駆け上がって来るところだった。
いつの間にか、腹側にもぐり込まれていたのか。これでは見えないはずだ。
「ミード中尉――チプス、やめて!!」
回避を試みたが、すぐに後ろを取られた。
わたしの機には呪槍がある。ハンデを抱えて振り切れる相手ではない。
チプスが発砲。
旋回にわずかな横滑りを加え、弾幕をそらす。
「やめさないっ!! 君に何かあったら、リニアにあわせる顔が――」
『ふ……ふざけるなっ!! お前が、お前が言うなぁっ!!』激昂するチプス。
ダメだ、やはりまともに取り合ってくれない。
また発砲された――今度は何発か喰らってしまう。
もう横滑りに対応してきたのだ。
『ボルド、槍を捨てろっ!!』
再度機関砲が吼えた。さらに命中弾を受け、機体が震えた。
『早く捨てろ、捨てろ、捨てろーっ!!』
撃ちながらわめいているチプス。
呪槍がなんだと言うのだ。わたしだって投棄したくてたまらないのに。
切り離しレバーが故障したと説明しても納得するとは思えない。
わたしは機体を振り回すように機動させたが、チプスは軽々と追尾してくる。
くそっ、まったく振り切れる気がしない。
機体の破損が増えて、操縦への応答も怪しくなってきた。
いくら頑丈なメルカバでもさすがに限界だ。
「チプス、聞いて! 君はフレイヤの呪言に惑わされているのよ!!」
『うるさいっ、黙れ!! また僕をだますつもりかっ!!』
「わたしがなにを――」
『うるさい、うるさいっ! 僕はもうだまされないっ!! 僕は決して許さないっ!!』
危ういところで前方からムンスター機が飛来した。
すれ違いざまに牽制射撃を受け、チプスは素早く退避した。
ムンスターも翼をひらめかせ、追跡に入る。
わたしは別方向からチプスを追った。
『大尉、このままでは――』
「わかっているわ! でも、もう少しだけ粘ってっ!!」
ムンスターの言いたいことはわかる。
わたしも彼も、機体にダメージが蓄積されている。
対してチプス機には一発も命中していない。
二対一にも関わらず、チプスの方がはるかに優勢なのだ。
もう説得は諦める頃合だった。
散開して逃走するか、対決して撃墜するか。
どちらかを選ぶ時だ。
だけど、もう少し。もう少しだけ粘れば……弾切れになるはず!